人生相談〜聖書、イエス様を信じる立場から

世界のベストセラー聖書の価値観から、生きるを考えます!(モノの見方が変わると、とても楽になります)

「人が変わるため」には、何が必要か。

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昨日は、ペンテコステ の記事を書きましたが、本日は「人が変わる」「変えられる」ことに焦点を当てて、書いてみます。しばらくお付き合い下さい。

 

人間は、頑固です。(相当に頑固です。)

「自分の考え」を変えられません。

若いうちよりも、年を取るほどに、その頑固さは強くなっていくような気がします。

「頑固さ」は習慣です。

自分の頑固さを「指摘」されたり、頑固さによって取り繕うことができない程の大きな失敗をして「マズイ」と思わない限り、改めようとしませんし、できません。

若いうちに、事実を受け入れ「自分を変える訓練」をしていない場合、

年を取るほどに「自分を変えること」は、しにくくなるのです。(頑固が習慣となるのです。)

 

ですから、できるだけ早く「自分が間違っている」「ズレている」ことに気がつく必要があります。

そして気がついたら「どうするか」を見つけ、「良い習慣」とすることです。

 

そのために3つのポイントで考えてみます。

①自分を知るためには、「鏡」や「ものさし」が必要です。

以前にも取り上げた聖書の言葉です。

ヤコブ(新約聖書)1:23-24

「みことばを聞いても行わない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです。自分をながめてから立ち去ると、すぐにそれがどのようであったかを忘れてしまいます。」

 

人間は、自己中心的で頑固ですから、心の奥では「自分は正しい」と思っています。

指摘されると、いろいろな理由をつけて、「自分を正当化」します。

「以前は、こうだった。」

「他の人は〇〇だから。」

「こういう理由があるから、、、、」

いろいろな理由をつけるのです。

 

しかし、それは「できるため」の理由ではなく、「しないため、できないため」の理由だったりします。

 

聖書にはこんな恐ろしい言葉があります。

箴言(旧約聖書) 17: 11 「悪しき者はただ、そむく事のみを求める、それゆえ、彼に向かっては残忍な使者がつかわされる。 」

 

頑なに、頑固に「正しいこと」に反発し続けると、最後には、他から「残忍な使者」が遣わされるのです。(これは、本当だと思います。)

 

②事実を受け入れる「誠実さ」が必要です。

人の言葉や、状況から、鏡を見るように「自分の酷い姿」に気がついた時、

私たちには、「事実を受け入れる」か「無視する」かの二択があります。

心の準備ができておらず「一時的」に先送り(逃げること)は可能です。

しかし「逃げ続けること」は、危険なのです。

 

問題は、逃げれば逃げるほど、選択肢が狭くなり、最後はどうしようもなくなります。(本当に大事なものからは逃げられません。)

手を打つのは、ギリギリではなく「早め」の方が良いのです。

「ギリギリが習慣」になっている方は、冷静に現在の状況を見て、考え直されることをお勧めします。(これも、自分を変える一歩です。)

 

そして、現実を受け入れる「誠実さ」が必要です。

すべての「問題解決」は、「事実を、そのまま受け入れる覚悟」から始まります。

逃げても、逃げ切れないことを自覚することです。

 

自分を変えるためには、そのような「ギリギリの精神状態」が必要なのです。

(追い詰められて、自分の「この点が悪い」と本気で自覚しなければ、「自分を変えること」など、できないのです。)

 

「自分の仮面」を外しましょう。取り繕うことは、やめましょう。

自分の仮面の下の、「弱い正直な自分」を自覚しましょう。

「素直になる」のです。「弱い部分」は「弱い」と認めるのです。

そして「助けを求める」のです。

 

③第三者の助けを求めること。

自分を変えることは、実は「自分だけでは、不可能」です。

少し考えれば分かります。

「暗い部屋」にいて、そこから脱出したい場合、一人ではできません。

まず、暗い部屋の「外の世界」があることを知らなければ、「行こう」とは思いません。

誰かに「教えて貰う」必要があります。

 

そして、「ずっとその部屋にいた」ならは、「そこから出る方法」を知りません。

穴に落ちた時、穴の外から、ロープを投げて貰わないと出られない、と同じです。

「外の人」に助けて貰う必要があるのです。

 

では「誰に」助けて貰うのでしょうか。

ここが難しいところです。

その人が、穴の外に立っている人(助ける力のある人)でなければなりません。

 

あなたの職場や知人で、そのように「助けてくれる人」はおられますか。

もしおられたら「謙遜な気持ち」で、相談してみて下さい。

人は「自分の弱さを自覚」して、「心から助けを求める人」をほっては置かないのです。(残忍な人ではなく、良い人を選びましょう。)

 

仮面を外し、正直な気持で相談するのです。

「人の感情」は、吐き出し、認められ共感され、初めて「変えられて」いきます。

「感情に触れて貰う」ことで、感情に変化が生まれます。

 

「感情」が変わって、初めて「行動」が変わるのです。ですから「感情に触れて貰う」ことが、とても重要なのです。

 

 

クリスチャンであれば、イエス様がこの部分を担って下さいます。

人には話せない深い部分の感情を、イエス様に知って頂き、祈りの中で「聖霊に触れて頂く」ことによって、心が(感情が)変えられるのです。

 

「聖霊に触れて頂く」ことを求めるなら、そのような祈りができるクリスチャンに「祈って貰う」こともオススメです。

昨日書いた「ペンテコステの出来事」のように、

「弱い部分」が、神様の霊(聖霊)に触れて頂くことを通じて、

びっくりするように「つくり変えられる」ことが起きるのです。

 

また、人に相談する場合、セカンドオピニオンを持ちましょう。

一人だと偏ることがあるからです。

(人間を神様にように崇めることは危険です。人は皆、間違えるものだからです。)

 

古典や伝記など、人生訓となる本も、助けとなります。

聖書は、勿論役立ちます。

 

「人が変わるため」(変えられるため)何が必要か、を考えてきました。

①自分を客観的に知るための「鏡」「ものさし」が必要です。

②自分を正直に認める「誠実さ」が必要です。

   そのために「心の仮面」を外してみましょう。

③他の存在の「助け」が必要です。

「感情を触れられる体験」が必要です。

   クリスチャンで神様を信じておられる方であれば、信頼できる信仰の先輩に、「祈って貰う」こともオススメです。きっと「聖霊に触れられる体験」ができることでしょう。

 

参考にして下さい。

祝福をお祈りしています。

 

エレミヤ(旧約聖書)17:9
「人の心は何よりも陰険で,それは直らない。 だれが,それを知ることができよう。」 

 

ヤコブ(新約聖書)1:23-24

「みことばを聞いても行わない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです。自分をながめてから立ち去ると、すぐにそれがどのようであったかを忘れてしまいます。」

 

箴言(旧約聖書)4:23

🌷何を守るよりも、自分の心を守れ。そこに命の源がある。🌷

 

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ペンテコステのお祝い

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5月23日は、2021年のペンテコステの日でした。(毎年日付が変わります)

この日は、イエス様の約束通りに「聖霊」が下り、キリスト教会が始まった日です。

イースターの日曜日から、7週後、過越祭から50日目に当たります。(ペンテコステとは50日目という意味)

その様子は、新約聖書の「使徒の働き」に記録されています。

激しい風の音がして、炎のような舌が信者の上に下り、皆が習ってもいない他国の言葉で祈り出しました。巡礼に来ていた多くのユダヤ人が、自分の国の言葉を聞いて、その不思議な現象に驚いたことが書かれています。

 

イタリアでは、炎のような舌を象徴する「バラの花」をまいたり、フランスやスペインでは、風の音を象徴する「トランペット」を吹き鳴らしたりします。

イタリアの教会

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スペイン、バルセロナ

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聖霊が下って何が起きたのでしょうか。

それは「信者たちが変えられた」のです。

一番弟子ペテロをはじめ、弟子たちは全員、イエス様の十字架刑に際して「逃げて」しまいました。

(弱虫で、グダグダだった姿が書かれています。)

しかし、十字架の後にイエス様が復活され、40日後に天に帰られた時、

「聖霊が下ることを待つように」と言われ、弟子たちは集まって祈りながら待っていました。

(その期間に、自分たちの弱さを深く自覚し、認め、悔い改めの祈りをしたのです。)

 

10日の後、「聖霊」が激しく弟子たちに臨まれ、弟子たちは変えられました。

グダグダで決断力がなかった弟子たちが、「迫害も恐れない」強い心を持つようになったのです。

実際この後、信者たちは様々な政治的迫害を受け、「信じたら殺される」状況を通りました。

それでもキリスト教信者は増え続け、現在に至るのです。

 

「人が変わること」は、簡単なことではありません。

しかし「弱さを自覚」し、その弱さの部分に、「神の霊、聖霊」が触れた時に、

(この触れられる体験が、重要です。)

弟子たちは、「劇的に変えられた」のです。

 

私たちの教会でも、昨日特別な祈りの時を持ちました。(コロナ対策で、換気をし距離を置いてですが)

祈り終わった後、皆「すっきりとした気持ち」で教会を後にしました。

生きていれば、いろいろな思い煩いがあります。

迷いや弱さの自覚を、いつの間にか重ねているのです。

ですから、どこかですべてリセットして、すっきりとする必要があります。

 

聖霊に触れられる体験は、現代でも継続しています。

頑張っても、自分を変えることは難しいですが、

聖霊に「心の奥」を触れて頂くと、案外簡単に「心が変えられる」

(考え方が前向きになり、なんとかなると思えるような気持に変化する)

ことが起きるのです。

 

今回は、教会の誕生、ペンテコステ の日について書かせて頂きました。

ここまで読んで下さったすべての方の上に、

聖霊の祝福がありますように、お祈り致します。

 

「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者 です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました」 Ⅱコリント5:17

 

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【コラム】ストレスの中、遊び足りていますか?(喜びを感じていますか)

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突然の質問ですが「あなたは、今遊び足りていますか?」(喜びを感じていますか)

コロナ禍で自粛が続き、皆ストレスが溜まっています。

社会全体に、重苦しいものが満ちています。

 

もう一つ別な質問です。

最近「お腹を抱えて笑ったこと」がありますか?

「日常のステレス」を「リセットする」意味で、遊んだり笑ったりする効果を、

しばらく考えてみたいと思います。

 

イングリット・フェテル・リー著「ジョイフル 感性を磨く本」の中に

「喜びの感性」を刺激する「10の美学」という項目あります。

喜びが湧くもの、幸せを生むものを研究した本です。

その中の一つの項目が、「遊びの効用」です。

 

その本の記事によると、

非営利団体、全米遊び研究所の創設者、スチュアート・ブラウン氏の研究が紹介されています。

テキサス州の刑務所で殺人犯の調査を行なった時に、

「暴力的な犯罪者のほぼ全員が、子供時代に十分遊ばなかったか、異常な遊びをしていた。」という結果が出たそうです。

彼は他の様々な研究によって、

「遊ばないと困ったことになる」という結論にたどり着いたのです。

 

コメディアンのエレン・デェジェネレスの言葉も取り上げられていました。

「私たちの中には、まだあの子どもがいるんです。一人一人の中に、毎日遊んでやらないといけない子どもがいるのです。」

 

私たちは小さい頃、何でも遊びにしていました。

階段をのぼる時も、道の白線を歩く時だって、全部遊びにしていました。

 

私が小さい頃、学校が終わった後、友だちの家に行き

「〇〇くん、遊ぼ!」と、毎日のように誘いに行っていたことを覚えています。

 

小学生を終えると段々と毎日遊ぶことが少なくなってきました。

大人になり、社会に出て仕事をするようになると、ほとんど遊ばなくなりました。

「忙しいから遊べない」というよりも、心のどこかで「遊ぶことは、大人がすることじゃない」と自分で自分にストップをかけていたのではないか、と本を読んで気づきました。

 

この数日、仕事をしながら、

「〇〇くん遊ぼ!」という気持ちで仕事をしてみました。

(簡単です。書類を作るのも移動するのも、「ゲームを楽しむような気分」でやってみたのです)

すると、実際にいつもの仕事が「少しだけ、ワクワクする気分」になりました。

 

「階段」を移動する時も、「遊びましょ!」という気分で、

昔の階段で「ジャンケン遊び」をした時のように歩いたのです。

(あくまで「心の中」だけの話です。)

すると、なんだか同じ階段が、小学生の時に遊んだ「学校の階段」のように「楽しく」感じました。(不思議でした)

 

なんだか今まで「とても損をしていた」ような気持ちになりました。

真面目に頑張るより、遊ぶ気持ちでやった方が「確実に楽しい」のです。

 

ほんのちょっとした気分の切り替えで、

「喜び」とは、実は簡単に味わえるものだったのです。

ぜひ試してみて下さい。数時間でも効果があると思います。

 

・・・ここからは少しクリスチャン向けです。

今まで、何かがある度に、仕事中でも「イエス様、○○ですよね」と、祈っていました。

この数日は、「イエス様、遊びましょ!」という気持ちでお祈りをしています。

するとまるで小学生の時に、

友だちの家の「呼び鈴を押した時」のような「ワクワク感」が湧き上がるのです。

 

「友だち」と遊べる「期待感」と同じような、

「イエス様と一緒に」これから何が起こるのだろうかという「ワクワク感」が、自然と湧き上がったのです。

 

「遊び」は、喜びや幸せの「原動力」です。

 

「あなたは今、遊びた足りていますか?」

コロナでも、ストレスがあっても、休み時間がなくても、

「遊び心」は持てるのです。(実際に子どもの頃は、全てが遊びだった筈です。)

 

コメディアンのエレン・デェジェネレスの言葉が、心に響いています。

「私たちの中には、まだあの子どもがいるんです。一人一人の中に、毎日遊んでやらないといけない子どもがいるのです。」

(皆さんはどう思われますか?)

 

聖書の言葉です。
Ⅰテサロニケ5:16-18
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」

 

 皆さんの祝福をお祈りしています。

 

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「自分を変えたい」のですが、どうしたら変えられますか?

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あることがきっかけで、「このままの自分」ではダメだと思いました。

けれども、どうやったら「自分を変えること」ができるか、分かりません。

「変えたい」「変えたい」と思っても、結局そのままのような気がします。

どうしたら良いのでしょうか。  21歳男性

 

ご質問をありがとうございました。

あることをきっかけにして、「自分を変えたい」と思われたのですね。

とても良い「成長のチャンス」ですから、

この機会にぜひ、良いヒントをつかまれたらと願っています。

 

今回、①自分の足りない点を明確に知る。(自分の基準を、自分の外に持って判断する)

②本気で自分を変えたいと思う。

③他からの助けを受ける。

この3点を考えていきます。しばらくお付き合い下さい。

 

①自分の足りない点を明確に知る。(自分の基準を、自分の外に持って判断する)

基本的に、人間は「自分が正しい」と思い、「自分の考えのフレーム」を持っています。

ですから、「自分が間違っている」「自分を本気で変えたい」と考えることは、

あまりありません。

あったとしても、中途半端に後悔し、中途半端に悩む程度です。

 

自分を知るということは、とても難しいことです。

それは「自分のものさし」で自分を判断するので、客観的に見ることができないからです。

どうしても主観が入って「これぐらいは良い」と思い、

自分に甘く、人に厳しくなったりします。

 

「自分の考えの中」で生きていますので、

「その外の世界」を、「理屈」では分かっていでも、

「実感」としては無視し、拒否するのです。

、、、分かってもらえますでしょうか。

 

つまり、質問者さんが、自分のものさしで「自分はこれが問題だ」と思っていても、

第三者が、「あなたは、あなたが考える以上〇〇まで酷い」と言われると、

「そんなことではない」「私はもう少し真面(まとも)だ」

と反論したくなるのです。

 

「基準が自分」にあると、「自己中心性」の枠から抜け出すことができないのです。

交通ルールを考えたら分かります。信号を皆が守ります。

しかし、もしみんなが、自分が交差点に入る時には「必ず青になる」と思い込んで交差点に入ると、必ず事故になります。

ルールは、自分を越えての「努力目標」である必要があるのです。

(スポーツのルールも同じ理屈です。)

 

人間が、複数で生きていく以上、社会的なルールは必要です。

自分を客観的に見て、判断するためにも、

「マイルール」ではなく、「自分を越えた基準、ものさし」は必要なのです。

 

聖書を読む理由がここにあります。

聖書を読むと、鏡を見るように「自分を知る」ことができるのです。

 

ヤコブ(新約聖書)1:23-24

「みことばを聞いても行わない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです。自分をながめてから立ち去ると、すぐにそれがどのようであったかを忘れてしまいます。」

 

私たちは、基本、神様が願うように生きていません。

ですから、神様の言葉を読んでいる間は、「鏡を見るように」自分を知り、自分の課題に気がつくのですが、聖書(みことば)を離れると、分からなくなるのです。

(仕方がないことです。)

ですから、多くのクリスチャンはみことばに親しみ、毎日聖書を読むのです。

 

旧約聖書の箴言が読みやすいですよ。(金言集です)

新約聖書なら、最初はマルコの福音書(短いです)、ルカの福音書(知的歴史的に書かれています)

あたりが最初のオススメです。

自分を知るための「人生の指南書」として読まれたらよろしいかと思います。

 

三浦綾子さん(クリスチャン作家)の三部作もオススメです。

「道ありき」「この土の器をも」「光あるうちに」

私も愛読しました。

 

「聖書に触れた機会がない」という方なら、伝記や好きな作家のエッセー、対談でも良いかもしれません。

生き方を考えさせられるような、「文章や情報」を見聞きすると、自分の良い面悪い面、課題や弱さが浮き彫りになるようなものが、よろしいとは思います。

 

②本気で自分を変えたいと思う。

自分がどういう人間で、どんな課題を持っているのかを、ある程度知ることができたならば、

次に、「理想(目標)に向かって進む」考え方に触れたいと思います。

 

先ほど書いたように、基本的に人間は「自分が正しい」と思い、「自分の考えのフレーム」を持っています。

ですからそこから「外に出る」ことは、普通は難しいのです。

 

減量を例えとして考えてみます。

減量は辛い作業です。

目標があり、現実があります。

目標に向かい続けるには、辛い現実を乗り越えなければいけません。

文字通り「肉を捨てる覚悟」が必要なのです。

 

そのためには、現実ではなく、「目標を注目し続ける」のが心理学的な結論です。

(落ちる落ちると考えると、人は落ちてしまいます)

目標を達成した喜びと、それを達成できなかった悲しみを、集中して考えるのです。

 

ピリピ人への手紙(新約聖書)3:13-14

「私は、すでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」

 

「目標」をいつも考えていきましょう。

それに反することは、「絶えず捨て続ける」のです。

そこに行けると信じて(信仰です)、熱心に願い求めるのです。

「肉を捨てる覚悟」で、本気で進むのです。

 

「自分を捨てても良い」、と思う程、「自分を変えたい」と腹を決めることです。

(覚悟です)

 

③他からの助けを受ける。

最後にこの点を触れて終わります。

何度も書いているように、

基本的に、人間は「自分が正しい」と思い、「自分の考えのフレーム」を持っています。

その中で考えますから、既成概念をなかなか越えられないのです。

 

信号は「緑色」なのに、どうして「青」というのか知っていますか。

日本の最初の信号、日比谷交差点では、最初は「緑信号」と言っていたようです。

当時の新聞で「青」と紹介されたことで、「青」が定着し、法令も青に書き換えられました。

それは、昔は緑を青と呼んだからです。「緑色の野菜」を「青菜」と言うのがその名残です。

その知識があれば、理由が分かりますが、知識がない場合はお手上げです。

 

既成概念を越えるには、「自分の外」の視点や知識を教えてもらう必要があります。

聖書の理解も、「自分だけ」で読んでいると自分の価値観で「読込み」をします。

教会で話を聞いたり、キリスト教書籍を読んだりすると、「別の視点」を学べるのです。

(何度も書きますが、三浦綾子さんはオススメです。)

 

「自分の考えのフレーム」を出るためには、

他の誰かの助けが、「どうしても必要」なのです。

 

また、そこを出ようとする時には、

「さまざまな迷い」が生まれます。

迷った時に、灯台や羅針盤のように、方向を指し示してくれる「誰かの存在」が必要です。

クリスチャンは、それがイエス様であり、神様なのです。

(そしてクリスチャンの友人でもあるのです)

 

イエス様の例えで、有名な「迷える羊」の話があります。

良い羊飼いは、「100匹」の羊の内、「1匹」が迷ったならば、「99匹」を誰かに託して、

「その1匹」を探し出そうとするのです。

 

クリスチャンで、リアルにイエス様を体験している人は、

イエス様のまなざしと、助けを毎日のように味わっているのです。

 

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質問者さんは、あなたが迷った時に助けてくれる誰かが、おられますか?

(私も、イエス様には祈りつつ、信頼できる友人もいます)

 

ぜひその方のサポートを受けて下さい。

自分のプライドから「自分で頑張れます」と言わないで下さい。

「自分のフレーム、価値観」を越えるためには、「誰かの助け」が絶対に必要なのです。

(別に「助けて下さい」・・・と言う必要は当然ありません。同じ時間を過ごし、心を開いて分かち合う時に、助け合う「場の空間」が生まれるのです)

 

①自分の足りない点を明確に知る。(自分の基準を、自分の外に持って判断する)

②本気で自分を変えたいと思う。

③他からの助けを受ける。

 

参考にしてみて下さい。

 

最後に捕捉ですが、

人が本当に変わるためには、「知識や習慣の改善」だけでなく、

「霊に触れられるような体験」が必要です。(そういう領域があるのです。)

聖書では、「聖い霊」に触れて頂いた人が、「新しく変わった」という記事がたくさんあります。

極めて「体験主義的」なものですが、別のどこかでお語りしたいと思っています。

 

祝福をお祈りしています。

 

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あればある分、お金を使ってしまいます。どうしたら良いでしょうか。

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4月から大学生になりました。

最近お金のことで、考えるようになりました。受験が早く終わり、高校生活の最後は毎日バイトに明け暮れていました。お金がかなり入ったので、マンガを全巻大人買いして、欲しかったゲームを買ったりして、ほぼ全部を使いきりました。(快感でした!)

大学の友だちとマンガの話になった時、私が一万以上で買った全巻を、友だちはゲオの割引チケット利用で、全巻を600円でレンタルしたようです。今ほとんどお金がないので「正直すごいな」と思いました。今まであまり考えずにお金を使っていましたが、貯金も含め、考えていかないといけないと思っています。

 

入学おめでとうございます。

新しい出発ですね。

また入学前にバイトをたくさんして、お金を稼ぎ、欲しい物を買うことができて、良かったですね。

「したいと思うことを実現」して「達成感」を持つことは、とても大切なことです。

その感覚は、忘れないで下さい。(繰り返しますが、どこかで満たされることは、とても大切な体験す。)

(その上で、今回は進めていきますので、、、)

 

さて、今は自宅から学校に通っているのでしょうか。下宿をしておられるのでしょうか。

どちらかにしても、これから「お金の管理」を学んでいかなければならない年齢にはなっています。

「お金の管理」は、生きるための「最も大切なスキル」の1つだからです。

 

社会では一般に、「収入の3か月分は、最低でも貯金をするように」と言われています。

(病気や失業など、何が起こるか分かりませんので、、、)

また大人になると、お金について自分で「いろいろな約束ごと」を作っている人もいます。

「収入より支出を少なくする」

「家族の約束として1万円以上の買い物をする場合は、必ず話し合って決める」

「迷ったら、基本的には買わない」等、です。

なぜなら、お金の使い方は、「その人の生き様」そのものだからです。

 

入ってくる収入には「限り」があります。

ですから、それを越えないようにする「生活の知恵」が必要です。

今までは、質問者さんは、親がすべて払ってくれたので、

「考えなくても良かった経費」を、

これからは「自分で考えていかなければならない」年齢に近づいているのです。

 

今は「お金のこと」を考える「良いチャンス」の時期だと思います。

 

聖書の中に、

「すべてのものを治めるように」と神様が人間に命じている箇所があります。

 

それは「もの」だけでなく、時間も含めたすべてです。

人間は、管理する中で、生活だけでなく、文明をも進歩させてきたのです。

 

管理するには、「決めごと」や「フレーム(構造)」が必要です。

「ルール」や「形」を定めないと、行き当たりばったりで無法地帯となるからです。

これをきっかけにして、最初は大まかで良いですから、少しずつ決めていったら良いと思います。

 

まずは、「家計簿」をつけることをお勧めします。

その目的は、「入るお金」と「出るお金」の管理のためです。

ノートでもアプリでもどんなものでも構いません。

管理が好きな人は良いのですが、苦手な人は、ざっくりでも良いのです。

(レシートを貼る必要もないですし、1000円単位でも良いし、場合によっては10000円単位でも良いのです。)

大まかでも、自分のお金の流れをつかむことが大切です。(それができているなら、厳密な意味での家計簿でなく、メモでも構いません。、、、勿論きっちり記録しても全く問題はありません。)

 

そして基本的な考え方は「赤字にしない」ことです。

「お金の流れを把握」していれば、「赤字にしない」ために、「収入を増やす」か「支出を絞るか」の対策ができるのです。

 

補足として、3つほどアドバイスを書かせて頂きます。

①ある程度の貯金はしておきましょう。(余裕を持つためです)

どれぐらいの金額かは、自分で良く考えて決めたら良いですが、「最低額」を決めましょう。無理がない程度ですし、今後の変更もアリです。

 

②使わないための「知恵」を実行しましょう。

財布に大金が入っていると「気が大きく」なって「余計な出費」をし易くなります。

財布に「入れる額」を決めている人も、多くいます。

引き出さない「通帳」を作っておくことも知恵です。

自分の性格を良く考えて、対策を打ちましょう。

 

③安く購入する努力をしましょう。

同じものを買うにも、今はネットで調べれば、(価格コムなどで)新品や新古品を安く購入できます。

中古等で良ければ、メルカリ、ヤフオク等を調べれば格安で売っている物も見つけられます。

漫画ですと、キャンペーンで無料で読めたり、割引情報を見つけることもできます。

定額で、見放題、聴き放題、読み放題もたくさんあります。

(質問者さんもご存知だと思います。)

 

大まかで良いので、

「決めごと」や「フレーム(構造)」を作っておくことが大切なのです。

 

「管理する」ことは、「楽しいこと」です。

しかしそのためには、テクニックが必要です。

そして、テクニックは、人から学ぶことが近道です。

(私も他から「インプット」したものを「アウトプット」しているだけですから)

 

質問者さんが、「お金の管理」を通じて「人生が豊か」になり、

ますます「その価値」と「喜び」を味わえることを、お祈りしています。

 

参考にして頂ければ、幸いです。

 

創世記(旧約聖書) 1:28 
「神は彼らを祝福して言われた、『生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ。』」

 

祝福をお祈りしています。

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飽きっぽくて、物事が続きません。コツコツできる人がうらやましいです。

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15歳の学生です。何とか高校に入ったのですが、悩んでいます。

昔から、ものごとが長続きしません。すぐにやる気がなくなってしまいます。

始めた時には、ガンバろうと思うのですが、数日するとやめてしまいます。友だちで毎日コツコツしている人を見ると、うらやましく思います。

高校では、今までのようではついていけないのではないかと不安になっています。

どうしたら良いでしょうか?

 

ご質問をありがとうございました。

ものごとが長続きしなくて困っているのですね。

一緒に考えていきましょう。

 

脳には、大きく分けて「報酬脳」と「損得脳」の二つの傾向があると言われています。

(正確には「左線条体・前頭皮質腹内側部」という快楽を感じる報酬系部位が強く反応するタイプと、「島皮質」という損得勘定を計算する部位が強く働くタイプ)

 

「報酬脳」の人は、目標を設定して、それに達成すると快感を感じる脳をよく使うのです、「できた。ヤッター」という快感を原動力にして、目標を達成しやすくなります。

一方「損得脳」の人は、損得を考えて「やめた方がよい、NO」と考えて、すぐにやめてしまう傾向があるのです。(努力ができない、続かないのです。)

 

これは生まれながらの傾向ですから、変えることはできません。

 

「じゃーどうしたらよいのですか」という声が聞こえてきそうです。

偏差値30台から東大に合格した西岡壱誠さんの文章によると、東大生でも「努力ができない脳」を持っている人は約半数いるということです。

しかし、自分の特性を考えて、勉強した結果(結局、勉強はするのですが)、

実力をつけて「目標を達成した」ということなのです。

 

脳科学者の中村信子さんの「あなたの脳のしつけ方」の中には、

「努力のしつけ方」という項目があります。

中村さんご自身も「努力ができない脳」タイプだったようです。

 

彼女は長続きできないため、

ゲーム感覚で勉強をするようにしたそうです。

また大学入試には、合格最低限のラインを定めて、それ以外の無駄なことは一切しないと考えて、集中して勉強したそうです。

(損得の部分を「最大限に発揮」させて、モチベーションを保ったそうです。)

 

質問者さんが、「努力ができない脳」タイプならば、

自分にあったやり方を考えてみる必要があります。

 

友だちと一緒に、目標に向かうことも、「良い動機付け」になります。

特に自分と違ったタイプ、特に「報酬脳」の人と一緒に勉強すると、自分だけがやれなくなると「恥ずかしい思い」をしますので、その恥ずかしさが「損得」になって「がんばろう」という動機付けにも、なるのです。

 

質問者さんが、友人を見て「うらやましい」と感じるということは、

「向上したい」「今よりも良くなりたい」という強い気持ちがあるからだと思います。

その気持ちを持っているならば、確実に一歩前に進んでいけることを信じています。

 

祝福をお祈りしています。

 

【友だちを大切にしましょう。】

伝道者の書(旧約聖書)4:9-10
「ふたりはひとりよりもまさっている。ふたりが労苦すれば、良い報いがあるからだ。
どちらかが倒れるとき、ひとりがその仲間を起こす。倒れても起こす者のいないひとりぼっちの人はかわいそうだ。」

 

【自分の個性をしっかり確認しましょう。】
箴言(旧約聖書) 4:23

「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。」

 

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人ごみの中に行くと、すぐに疲れて体が重くなってしまうのですが、どうしたら良いですか?

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22歳の女性です。人ごみの中にいくと、すぐに疲れてしまいます。先日も病院に行くと、いつも以上に混んおり、受付の女性がイライラした感じで対応していました。そのイライラが気になって、そこから離れた後も、なんとなく体が重くなってしまいました。よくこういうことが起こります。電車や人混みが苦手です。不特定多数の人の、負の感情が迫ってくるような感じです。この感覚を無視しようとしても、できないので困っています。どうしたら良いでしょうか?

 

ご質問をありがとうございました。

人の集まるところに行くと、体が重くなったり、疲れてしまったりするのですね。

今回、リセットをして「自己肯定感」と「自分を守る方法」を身に着ける、という視点で、文章をまとめたいと思います。

しばらくお付き合い下さい。

 

生まれつき「非常に感性が強く敏感な気質を持った人」はおられます。

「Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)」と呼び頭文字をとって「HSP」と呼ばれています。

 

統計的には、人口の5人に一人。約2割の方が当てはまる「性質」です。

裏返せば、8割の方には当てはまらないため、共感されることが難しく、周りに合わせて無理をしてしまうことが多いと言われています。自己嫌悪になることも多いのです。

 

HSPは「生まれつきの特性」です。(マドレクリニック・ウエップサイト参照)

a深く情報を処理します。

b過剰な刺激を受けやすいです。

c共感力に優れています。

d心の境界線(バウンダリー)が薄く、もろい傾向があります。

e自己肯定を持ちにくい傾向があります。

(今回は、一つ一つの解説は割愛します。)

 

HSPの方は、自分と他人の間に「壁がない(壁が薄い)」という傾向があります。

つまり、「自分の庭」と「相手の庭」があるとすると、

「相手の庭」がいつも見えてしまう。(見たくなくても見えてしまう)

という状態です。

 

例えば、「相手の庭」で、けんかがあったとすると、

壁があり、音が聞こえなければ、まったく気にならないことが、

まるで「自分の庭」で起きていることのように、「感じて」しまうのです。

 

ですから当然、疲れやすくなります。

また「外からの情報」が暴力的に心に入ってくるので「自己肯定感」が低くなる傾向があるのです。

 

これは「生まれつきの特性」でもあるため、逃げることができません。

「壁が薄い」ならば、意識的に「壁を作るスキル」を身に着けるしかありません。

 

①まずはリセットしましょう。

重たくなる理由は、重たくなった何かと「つながってしまった」ためです。

その「何かとの関係」を切断するのです。

 

まず可能ならば、その場所を離れましょう。

そして違うことを考えましょう。

好きな音楽を聞いてもいですし、好きな言葉を思い出して頭の中で唱えても良いです。

文字を読むことも効果があります。飲んだり食べたりすることも効果があります。

(自分なりの方法を身に着けていきましょう。)

 

②自分を尊重する。(ポジティブな気持でいる)

自分と他人を比較した時に、HSP傾向の人は「人を尊重する」傾向があります。

(無意識のような気がします。無意識に「外からくる情報」を優先するのです。)

そして疲れてしまいます。

 

ですから「自分」と「他人」を天秤にかけた時、「自分を選ぶ」のです。(意識的にです)

「自分を大事にする」のです。(ポジティブな気持ちです)

「自分を大事」にすると、外からくるものを「手放す」ことができます。

(心の中で、何度も繰り返してみてください。)

自分は愛されている。自分は大切な存在である。そのことを感じて下さい。

 

聖書の言葉です。イザヤ(旧約聖書)43:4

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」

(※わたしの目:あなたを造られた創造主のまなざし)

 

自分を尊重できないと、心が低くネガティブになり、まるでゴミ箱か排水溝のように、悪いものがあなたの心にどんどんとやって来てしまいます。

自分を低い位置に置くことは、危険です。

愛されていることを実感し、自分は価値ある存在だと実感していくと、自分を高い位置(高慢という意味ではなく、安全な位置)に置くことができるのです。

泥水は高い位置に、逆流することはありません。

 

 

③自分を守る方法を身に着ける。

最後に「自分の特性を知る」こと「断ち切る方法を身に着ける」こと、を考えていきます。

自分の特性を知ることは大切です。

ここまで、読んでかられる中で、質問者さんはきっと「少し心が整理」されたと思うのです。そして「自分の心に焦点を当てておられる」と思うのです。

 

焦点が「自分の特性」に当たりますと、一時的でも「外からの刺激を断ち切る」ことができます。

そのため、HSP関係の文章を読んだり、自分で日記を書いたり読み返したりすることも効果があります。(自分のことを書く日記は、非常に役に立ちます。思い付きメモでも良いのです。)

「自分に焦点」を当てることが大切です。

時間があれば、好きな趣味に没頭することも「自分に焦点を当てる」方法になります。その時は既に、他のものを断ち切っていることでしょう。

 

クリスチャンであれば、祈りによっても断ち切ることができるのです。
詩編(旧約聖書) 118:12

「彼らは蜂のように、私を取り囲んだ。しかし、彼らはいばらの火のように消された。確かに私は【主】の御名によって、彼らを断ち切ろう。」

 

まとめです。

①ますはリセットしましよう。

②自分を尊重する方法を見つけ、

③自分を守る方法(断ち切る方法)を身に着けていく。

 

生まれ持った特性(気質)であるならば、一生の付き合いをしなければなりません。

「スキル」を身に着けていきましょう。

そうすれば、「楽な感覚」で生きていくことが、少しずつですが、できていくようになります。

 

祝福をお祈りしています。

 

 

 

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