「販売系の職場です。職場は明るくて楽しいのですが、一人とてもわがままな人がいます。人の話を聞かず、いつも自己主張ばかりをしています。今まで周りがそれとなくサポートしていたので、上手くいっていたのですが、最近その人が明らかなミスをしました。しかし言い訳ばかりを言って、人のせいにして切れてしまいました。みんなびっくりしています。チームの主任として、今後どのように対応したらよいでしょうか。」(30代女性)
ご質問をありがとうございました。
チームの主任をされているのですね。
お疲れ様です。リーダーの立場が与えられると、言いたくないことも言わなければなりません。
職場が明るく楽しいとのことですから、きっと質問者さんは、陰ながら多くの努力をしてきたことでしょう。
良い知恵が与えられるよう、お祈りしています。
今回、質問者さんが「チームの主任」であることを意識して書かせていただきます。
「リーダー」の働きには、いろいろありますが、その中の最も大切なものとして「信じる心」が必要です。
人間は、皆、自己中心で、わがままで、頑固です。(私も自分のことを考えると、そう思います)
ですから、「正しいこと」でも、「言われる」と「反発」します。
そんな人々に対しても、「語らなければならない」のが、「リーダー」です。
時には、言っても反発ばかりで、「分かってもらえない」と感じても、
「言い続けないといけない」のが、リーダーの仕事なのです。
(配慮は当然必要ですし、そこまでひどい人は少ないとは思います)
(しかし今回はかなり「大変な人」を視野に入れて回答をしているつもりです)
その仕事を成し遂げるためには、
その方が「自分のわがまま」や「闇のような否定的な感情」を現しても、
必ず、その方は将来、「ルール」や「(光のような)調和や平和」を目指すと、
「信じる心」が必要です。
そのために、その方が「光」を見る前に(見ていなくても)、
リーダーである質問者さんが、「光を見つけ」、
「信じる心」が必要なのです。(大変なことでもあります)
そうすれば、質問者さんの「信じる心」に、その方は「巻き込まれて」きます。
(ピグマリオン効果と言います)
それには、リーダー自身が「闇」が見えても、
視点を「光」に心を切り替える、「心の筋肉」が必要になってきます。
その強化方法は、別のところで扱います。
さて今回も3つのことを考えながら、論点を絞っていきます。
①「ルール作り」と本人への確認。
②「ルールを守ること」の指導。
③批判ではなく「助け合う雰囲気」作り
①ルール作りとその確認
販売系の職場ということですが、職場にはきっとマニュアルがあると思います。
発注の仕方、在庫管理、在庫処分、等々。
そのマニュアルをもう一度見直して、現状にあったものに修正し、
皆で共有することをお勧めします。
それは「責任の所在」を明確にするためです。
もしかすると今まで、皆のチームワークで、あまり細かいことは言わなくても仕事がまわっていたのかもしれません。
問題を起こした方が「言い訳をして、人のせいにして、切れてしまった」と書かれていましたので、
その方が「人のせい」にできないような、ルール作りを共有することが大切だと思います。
特に「共有すること」が大切です。
人間はルールが嫌いです。
それは、「縛られるから」です。
しかしルールには、「意味」があり、それを守ることで、
「皆の利益」、ひいては、「自分の利益」になることを分かるならば、
自主的にルール(決められごと)を守るようになります。
(横断歩道と信号が、その最たるものです。赤で止まることは、面倒臭くても、命を守り、目的地に早くスムーズに行く方法です。だから皆守っています。)
聖書に書かれている、決められごと(ルール、法則)の一つは、
「種まきの法則」です。
見えていなくても「心で」「良いタネ」を蒔けば、「良い刈り取り」を得るという法則です。
ガラテヤ(新約聖書)
6:7 思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。
6:8 自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。
6:9 善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。
それが分かると、「自分の心の動機」をチェックするようになります。
そして、「良い動機で」ことを始めるように努めるのです。
(私の以前のブログで何度か触れています。)
問題を起こした方には、職場のルールを守っていただくと共に、
この「種まきの法則」を身にしみて知っていただく必要があります。
もしかすると、その方は、問題発言をしても、何とかなると思い込んでいるかもしれません。
しかし「悪い種を蒔け」ば、確実に「人が傷つき」「誰かが迷惑」します。
その「痛み」と「恐ろしさ」を知ってもらう必要があります。
そのことが「本気で」分かれば、その方も、「自分の心を制御すること」を自覚し始めるでしょう。
(その方の将来のためにも必要なことです)
②「ルールを守ること」の指導。
「人の話を聞かず、いつも自己主張」される方は、やはりどこかで問題を起こします。
(繰り返しになりますが、今回のはかなり「大変な人」を想定して書いています)
ある意味今回のことは、起こるべくして起きたこと、と言えるのかもしれません。
もしかするとすでに度々起きていたことか、表立っていなかったのだけかもしれません。
わがままな人は、「自分の決めたこと」が「正しいルール」と考えています。
周りは「自分の決めたルール」に従うべきだと無意識のうちに考えているのです。
(または「自分が思い込みで決めたこと」を「皆が守るはずだ」と考えます)
その方は、「自分を超えたところ」に「(正しい)ルールがある」ことを、
常に学ぶ必要があります。
そのためには、他人からのアドバイス(指摘、明確化)が必要です。
「それは、〇〇の意味で、△△ではない」という、明確化です。
聞き方、考え方に、「くせ(歪み)」がある場合、当人だけでは、気がつきません。
(気がつかないばかりか、気がつきたくない、という人もいます。)
(心理学用語で「否認」と言います。見えても見ていない、見ないのです)
特に「言い訳」をいつも言う方は、「自分の責任」を「認められない」傾向があります。
「人にしてもらう」ことを「当たり前」と思い込む傾向もあります。
そういう方に、「皆でルールを守りましょう」と言う場合、
気をつけなければならないことがあります。
それは、わがままな人の中には、そのルールを「他人にだけ」当てはめ、
「自分は実行しない(しなくてもよい)」、と考える人がいるのです。
(他人は、「私の利益のため」にルールを守らなければならない……という感じです)
「再確認をしましょう」というルールがあった場合、
「人が」再確認することだけに目をとめ、「自分が」再確認することをおろそかにしても、
「人のせい」にできてしまうのです。
「人の話を聞きましょう」と方針を語ったとしても、
「自分」が「人の話」を聞くとは、受け止めず、
「人」が「自分の話」を聞くべきと、
頭の中で、自分の都合の良いように「解釈」してしまうのです。
(考え方のくせ、歪みです)
ですから、「ルールを守ること」の指導しなければなりません。
歪んでいることに、気がついて貰わなければならないのです。
そこには、必ず「対決」が起こります。
対決した時に、正しくジャッチ(善悪の判断)をするために、
ルール作りと、その共有が必要なことは言うまでもありませんよね。
そして質問者さんに、それをし続ける「愛情」と「メンタルの強さ」が必要となります。
(③でそのことを考えます)
③批判ではなく「助け合う雰囲気」作り
ロマ(新約聖書)
3:10 それは、次のように書いてあるとおりです。「義人はいない。ひとりもいない。
3:11 悟りのある人はいない。神を求める人はいない。
3:12 すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。善を行う人はいない。ひとりもいない。」
「人間は罪人」で、「誰もが愚か」である、これが私の「基本的な人間理解」です。
(聖書の「罪」とは、ハマルティアというギリシャ語の訳になりますが、「的を外れた」という意味です。私たちは、正しいことを知っていても、出来ないことが多いのです)
今期のドラマのクール(2020年秋)に「タリオ、復習代行の2人」があります。
渡辺美波さんと岡田将生さんのW主演のドラマです。
主人公の白沢真実(渡辺美波)は、司法試験予備試験の制度により弁護士になりました。
ストーリの詳細はここでは書きませんが、コメディタッチながら、様々な人間心理を突いたドラマです。
白沢真実は、何度も「自分は議論で負けたことがない」と詐欺師の黒岩賢介(岡田将生)に自慢しますが、議論に負けそうになると「白目をむいて」「瞬時に寝てしまう」のです。
つまり否認(都合の悪い現実を見ずに無視すること)です。
笑えるところですが、しかしよく考えると、
「本当はまずい」のです。
しかし人は、多かれ少なかれ、否認をします。
自分の正しさのために、嘘をついてでも「自分を守ろう」とするのです。
(本人に嘘の自覚が無いことが多いです)
このことを考えると、質問者さんのチームの「問題を起こした方」も
「質問者自身」も「他の仲間たちも」
自分を「ごまかす」でしょうし、「正当化をする」毎日だと思うのです。
皆が「罪人」で、
皆が「ゆるされ」ている。(これはまず第一に神様から赦され、人から許されるという二重のゆるしを受けています。)
そうならば、お互い様であり、誰も「自分だけが正しい」と言えない存在であることを「認める」と、「やさしく」なれるのです。
ですから「裁き合うこと」は、よくありません。(雰囲気を悪くするだけです)
また質問さんが、「問題を起こした人」を、徹底的に「裁く(ダメだと決めつける)」ならば、
リーダーとしての質問者さんの役割を「放棄すること」にもなります。
(「信じる役割」の放棄です)
イエス様の言葉です。
ヨハネ(新約聖書)
13:14 それで、主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。
13:15 わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしはあなたがたに模範を示したのです。
イエス様は、「私が洗った(赦した)」ように「互いに許し合いなさい」と命じられました。
これは体験であり、感情です。
「赦された」と体験し、感じた者は、「他人」を許せるように(少し)なれるのです。
「神様からの赦し」については、他の箇所で学びますが、
これを体験できると、確かに「人生が変わり」ます。
(良い雰囲気作りのために)
まずリーダーである、質問者さんから「率先して」許しを実行していきましょう。
「許すこと」は莫大なエネルギーが必要なことがありますが、
神様から「赦しの力」を受けることができたら、幸いですね。
質問者さんは、すでにチームのために「努力」をしていると思います。
でも無理は長続きしません。
辛い時には、質問者さんを「受け入れて下さる方」に助けを求めましょう。
質問者さんが、しっかり受け止めてもらう体験をすることが、大切です。
人は「愛された分」「愛すること」ができます。
「受け入れられた分」「受け入れること」ができます。
「ゆるされた分」「許すこと」ができるようになるのです。
しかし「人間の許しと許容」には、「限界があること」も認めることも大切です。
(他人は、自分の願い通りに、100%は受け止めてくれません)
そうなると、私は「天地を造られた神様」に行きつくのです。
宇宙を造られ、人間を造られ、私を造って下さったお方、
見えないけれども、確かに私を「愛して下さっているお方」
そのお方の「愛(慈愛)」に触れる時、人はつくり変えられるのです。
①「ルール作り」と本人への確認。
②「ルールを守ること」の指導。
③批判ではなく「助け合う雰囲気」作り
①から③を何度も、心で繰り返し、
その方を思い起こして、イメージをして下さい。(瞑想や、祈りとして繰り返し、定着するまで続けて下さい)
質問者さんが、そのイメージを「実行する時」に、
自分の「力の足りなさ」を実感すると思います。しかし諦めないでください。
教師が、一番学ぶことができます。
立場が与えられると、その立場の仕事ができるように、力を身につけることができるのです。
きっと神様は、質問さんのことを「助けて下さる」に違いないと思います。
ご健闘をお祈りしています。
また困ったり、辛くなったならば、ご連絡ください。
できる限りのサポートをさせて頂くつもりです。
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