人生相談〜聖書、イエス様を信じる立場から

世界のベストセラー聖書の価値観から、生きるを考えます!(モノの見方が変わると、とても楽になります)

【イースター、コラム2】桜の若葉のような「復活の力」***弱い者が命の力を体験する

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 先週末の雨と風で、「桜の花びら」が一気に散ってしまいました。

しかし今朝の桜の木、雨上がりの枝には、すでに生命力にあふれた「若葉」が芽吹いていました。(思わず写真を撮りました。2021年4月5日)

 

「花びら」が自分の身を犠牲にして、

「若葉」に、「命と居場所」を明け渡したように見えました。

 

今回は、イースターのコラム、第2回目です。

「イースター」は、「イエス様のよみがえり」をお祝いするキリスト教のお祭りです。

今回は、イースターの「命の力」についてお話ししたいと思います。

特に「弱い者が受け取ることができる、力」についてです。

 

先回お語りしましたが、クリスチャンにとって「イースター(キリストの復活)」は、

「クリスマス」以上の重要な意味を持っています。

 

イエス様は「十字架での死」なれ、3日後に「よみがえり(復活)」をされました。

これはキリスト教の「最も根幹の教え」です。

 

十字架で「人間の罪の代価」が支払われました。(人間は罪人です。)

そして復活されたことで「罪の代価の支払いが成し遂げられた(罪と死に勝利した)」ことが、実証されたのです。(クリスチャンはそのように受け止めています。)

 

キリスト教は、「低くなる者」の教えです。

「へりくだった者」が「恵みを受け取ることができる」という教えです。


ヤコブ(新約聖書)
4:6 しかし、神は、さらに豊かな恵みを与えてくださいます。ですから、こう言われています。「神は、高ぶる者を退け、へりくだる者に恵みをお授けになる。」

 

実は、以前も書きましたが、弟子たちは全員「失敗者」でした。

 ユダの裏切りによって、イエス様は逮捕され、

一番弟子のペテロも「イエス様を知らない」と裏切り、

弟子たちも全員逃げてしまいました。

(ペテロは「自分の弱い本当の姿」に気がついた時、号泣しました。)

 

事実、もしもイエス様が「よみがえり」をされなければ、

「イエス様を信じる群」は、バラバラになっていたでしょう。

 

イースターの朝、一部の弟子が、「イエス様に出会った」と証言しましたが、

迫害を恐れ、身を寄せ合っていた弟子たちは、誰一人その話を「信じなかった」のです。

 

ですから、弟子たちは、全員「自分の限界」を経験し、

「自分の弱さ」を自覚した者たちだったのです。

 

しかし、そんな「恐れと疑いの中」にいた弟子たちが、

その後、「神の聖霊の力」に触れられることにより、

迫害の中、殺されそうになっても、

「イエス様はよみがえられた(復活された)」と証をし続けたのです。

(実際、何人もの殉教者が起きました)

 

弟子は、一人一人「自分の弱さ」に気がつき、

イエス様に、その弱さをそのまま「告白し」、

聖霊に触れられ「弱さをつくり変えられた」のです。

 

弱さを認めることは、辛いことです。

しかし「自分の弱さを認め」、自分を主に明け渡した時、

「弱い時にこそ、強い」というキリストの教えを「体験できる」のです。

 

使徒パウロの言葉です。
Ⅱコリント(新約聖書) 12:10 ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。

 

世の中の一般的な考えは、

あえて言えば「弱肉強食」です。

弱さを見せた時は、負ける時です。

綺麗ごとを言っても、「弱い者はダメだ」と心の奥で考えています。

ですから「無理をして強いふり」をします。だから「辛い」のです。

「自分が敗北者」にならないように「怯えながら頑張る」のが普通の人の考え方です。

 

しかし「イエス様の前」では「弱さを出しても、良い」のです。

むしろ「弱さを出したほう」が、イエス様に助けて頂けます。

 

なぜなら、イエス様は「究極の弱さ」を経験され、

(批判と裏切り、失望と絶望を味わい)

それでも「十字架の道」を歩み切られ、「勝利の復活」をされたお方です。


ピリピ人への手紙(新約聖書)2:6-9
キリストは神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、
ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現れ、
自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。
それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。

 

 

ですから、虐げられ理解されずに痛みを覚える「すべての人」が、

イエス様から慰めを受けることができるのです。

イエス様は強いお方です。

弱い私をしっかりと支えて下さるのです。

 

ヘブル人への手紙(新約聖書) 4:15-16

私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。
ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。

 

弱い者が味わう「復活の力」を、

イエス様に出会うことによって、

あなたも体験することができますように。・・・祝福をお祈りします。

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映画「サンオブゴッド」より

 

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