しばらくブログ更新ができませんでしたが、
今回は、神様からの「霊的祝福」を受け取る方法、について考えてみたいと思います。
神様からの「霊的祝福」とはどんなことかというと、
「神様の助け」と言い換えてもよろしいかと思います。
それは「物心両面」のものです。
神様の助けがあり、神様が共におられることが分かると(実感できると)、
「心の平安」が与えられます。
これは、精神的な「思い込み」を越えた「実体験」です。
(ぜひ体験されることを、オススメします)
「精神的な支え」だけでなく、「具体的な助け」も与えられます。
仕事や研究のアイデアが与えられたり、
病気がいやされたり、
不思議な助けが与えられることもあります。
今朝のことです。
出かけるギリギリの時間に、
私は「ある封筒」を探していたのですが、何処かに紛れて見つかりませんでした。
あと数分で家を出ないと間に合いません。
瞬間的に「神様どこでしょうか。」と祈ると、
次の瞬間目に留まった書類の山がありました。
そこをかき分けると、その封筒がありました。(奇跡でした)
教会のある方は、子供の手続きをするため、
役所まで車で行かなければなりませんでした。
しかし閉まるまで、ほとんど時間がなかったのです。
「神様助けてください」と祈ると、
信号がすべて青で、ギリギリ間に合ったと言うことでした。
私も、もう一つ思い出しました。
娘が小学生の頃です。
娘の運動会に参加するため、前日には絶対、家に帰らないといけない状況でした。
しかし、成田に飛行機が遅れて到着しました。
この成田エクスプレスに乗らないと、名古屋に向かう最終の新幹線に間に合わないという時、
走りながら「神様、間に合わせてください」と祈りました。
プラットホームに駆け込むと
アナウンスがあり「列車は、15分ほど遅れて到着します」と流れました。
列車が時間通りに来ていたら、間に合わなかった状況でした。(電車の中で、神様に感謝の祈りを捧げました)
神様が助けてくださると、不思議なことが起こります。
(上の三つは、いみじくも、どれもギリギリの状況での助けです。神様はギリギリの状況で助けられることが多いと、個人的には感じています)
これからは、ポイントを書いていきます。
神様からの「霊的祝福」を受け取るために、
①切に求めること。
②祝福を頂くための「良い種」を理解すること。
③その種を具体的に、蒔くこと。
①切に求めること。
やはり求めなければ、与えられません。
諦めたらそれで終わってしまいます。
しかし諦めそうになる時に、
私たちが信じる「聖書に書かれている、創造主」が、
どのような方であるか、を知ると、求めやすくなります。
創造主である、イエス様は、優しい方です。
「100匹のうち、1匹の羊が迷ったら、99匹は誰かに預けて、1匹を探し出されるお方」です。
そのことが分かってくると、問題の時に、
素直に瞬時に「イエス様、助けて」と祈りの言葉が出てくるのです。
②祝福を頂くための「良い種」を理解すること。
実は、神様に近づくも、離れるも、「私たち次第」なのです。
「私は、きょう、あなたがたに対して天と地とを、証人に立てる。私は、いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。あなたはいのちを選びなさい。」(申命記30:19)
「思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。」(ガラテヤ6:7)
私たちが、神様に喜ばれることを「選び取れば」、
祝福(神様の助け)を頂くことができます。
しかし反対に「神様の喜ばれない」ことを、選んでしまうと、
祝福がない(のろい)の状況に、堕ちるのです。
理屈は、とてもシンプルです。
しかし、難しいのは、「自分の素の考え」が
「神様に喜ばれるもの」かどうかを見極めることなのです。
(多くの人は、無自覚で、確信を持って、悪い種を(当たり前に)蒔いています)
「自分の心の願い」考えが、
良い種なのか、悪い種なのか。
見極めるため、もっと分かりやすいのが「聖書の言葉」です。
本気で、良い種を蒔きたいならば、聖書を読みましょう。
それも「自分の考えを吟味する気持」で読みましょう。
聖書が取っ付きにくいのであれば、
youtubeで、キリスト教のメッセージを聞くか、キリスト教の歌(賛美の曲)を聞いてみましょう。
自分の課題(どちらを選んだら良いのだろうか)を考えながら、聴き続けるのです。
すると、ある瞬間に、「悟り」が与えられます。
(すべてのオリジナルは聖書ですから、
聖書を読まれることはおススメします。)
一日で答えが返ってこなくても、諦めないでください。
そして、「できないところはできない」と、誤魔化さずに祈り続けてください。
(探し続けてください)
祈りは、正直でなければ、神様に届きません。
ある瞬間に、ふと「これが一番良い」という思いに至ります。
できるだけ、心をフラットにしてください。
欲望が、心を曇らせ、正しい選択の邪魔をします。
欲望を乗り越えるために、
欲望以上に、「霊的祝福」を求めることです。今回の①のポイントです。
(私たちは色々な打算を持っていますから)
聖書をよく知るクリスチャンとお話しできるなら、それも幸いです。
とにかく、「あなたの心」を測るには、
「物差し」が必要なのです。
「神様の物差し」に当てはめるなら、「自分の考えを吟味」できるのです。
③良い種を具体的に、蒔くこと。
ヤコブ1:25「ところが、完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れない人は、すぐに忘れる聞き手にはならないで、事を実行する人になります。こういう人は、その行いによって祝福されます。」
良い種は、実際に蒔いて、祝福を受けます。
できたら良いな、と足踏みしているならば、受けられません。
もったいないのです。
「できない」と言い訳を言わず、
「小さなこと」から実行しましょう。
まとめです。
神様の「霊的祝福」を受け取るために、
一番難しいことは、自分の「心の吟味」です。
良い「霊的な種」を蒔けば、祝福を刈り取ります。
悪い「強欲の種」を蒔けば、呪いを刈り取ります。
このシンプルな法則が、本当に分かったならば、確実に「人生が変わる」のです。
祝福をお祈りしています。
ガラテヤ6:7-8
「思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。
自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。」
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