人生相談〜聖書、イエス様を信じる立場から

世界のベストセラー聖書の価値観から、生きるを考えます!

クレイマーに攻撃されています。どうしたらよいでしょうか。

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「職場で、ある仕事のクレームを受けました。明らかなミスに関しては、すぐに謝罪をしたのですが、しかし納得してもらえず、クレームが段々エスカレートしてきました。その方なりの正義と理屈で話をしてきますが、一方的にこちらに要求を飲ませようとしており、自分が正しく、私たちが間違っているという態度を取り続けています。その方はとても頭の良い方です。クレームを通じて何か別の目的があるような気がします。すでに上司に相談をしていますが、今後どんな対応をしたら良いのか、アドバイスを頂きたく願っています。聖書に何か良いヒントはありますでしょうか。」

 

クレームの対応はとても難しいものです。とてもたくさんの精神力を使います。

まず、質問者さんの「こころが守られる」ことをお祈りします。

そして「良い知恵」が与えられることを、祈ります。

 

でも相談者さんは、すでに初期対応は終えられています。

初期対応として重要なことは、

1、部分謝罪(事実確認ができるまでは、全面的な謝罪をせず、感情を害させた等の明らかな落度のみを謝罪する)

2.傾聴しながら事実確認

3.共感する、質問と要約を重ねる

と言われています。

 

悪質なクレーマーの場合、無理難題を言ってくるケースがありますが、

その場合、事実確認をしていくと、話のつじつまが合わない部分が出てきます。そこを冷静に記録し、職場で共有します。(時には法律的な対処が必要なこともあります)

 

しかし、そのようなテクニック的なことは他でも書かれていますから、ここではどのような「精神的な姿勢」で対処すべきかを書きたいと思います。

 

今回は、2点に集約して書かせて頂きます。

1自分の心を守る

2チームワークで物事を進める

 

1自分の心を守る

クレームの対応で大事なことは「部分謝罪」であると書きました。

ミスはミスとして認めながらも、認めてはいけないものがあります。

それは「あなたの人格の否定」です。

あなた(あなたの部署)は、失敗(行為)をしたかもしれませんが、それで「人格が否定」された訳ではありません。

しかし感情的なクレーマーは(普通クレームは感情的になされます)、あなたの失敗(行為)だけでなく、あなたの人格までも否定することが多いのです。そこは受け入れてはいけません。

面と向かって、相手の言葉に反発する必要はありません。あなたがメモや心の中で「受け入れなければ良い」のです。

 

実は本来、「クレームにもルール」があります。越えてはいけない一線があります。

しかし感情的なクレーマーは、自分は被害を受けたのだから、「何をやっても良い」と間違った思い込みを持つのです。

 

相手は変わりませんから、人格を攻撃されたら「あなた自身で自分を守らなければ」なりません。
箴言(旧約聖書)
4:23 力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。

 

心が落ち着いで、自分を見失っていないならば、冷静な対応ができます。

反対にパニックになってしまっては、できる対応もできなくなります。

ですから、まず「自分の心」を守るのです。

 

そして、「傾聴しながら、事実確認」をしていくのです。(クレームの解決は、この事実確認からなされますから)

 

 

2、チームワークの重要性(チームワークで進める)

 

箴言の言葉を3つ書かせて頂きます。


箴言11:14 指導がないことによって民は倒れ、多くの助言者によって救いを得る。
15:22 密議をこらさなければ、計画は破れ、多くの助言者によって、成功する。
24:6 あなたはすぐれた指揮のもとに戦いを交え、多くの助言者によって勝利を得る。

 

助言者は、多いに越したことはありません。

既に上司と相談されていますから、この後いろいろな知恵を頂けることでしょう。

法律の専門家がいれば、その方のアドバイスを頂くことも重要でしょう。

もしあなたがミスをした張本人であれば、上司の判断で「別の人」が対応したほうが解決しやすいかもしれません。(当事者同士は、感情的になりやすいですから)

 

でも何よりも、あなたが「チームで進める時」に重要なことは「自分は一人ではないのだ」と感じることです。

 

あなたの愚痴を聞いてくれる人を、見つけましょう。親身になってくれる人に頼るのです。(弱さを表に出すことは恥ずかしいことではありません)応援してくれる人、忠告してくれる人を大事にするのです。

チームは、問題が起きた時に結束し、成長します。

 

「個人」では受け止めきれないプレッシャーも、「チーム」でなら受け止めることができます。

 

もしあなたがクリスチャンなら、チームで心を合わせて「祈ること」も大切です。

願いは、自分のためだけなら「自己中心」になることが多いです。

しかしチームのため、仲間のためなら、(それは愛を動機としているので)より高次元な答えが頂けることが多いのです。

 

イエス様も、複数で祈ることが大切だと言われました。
マタイの福音書(新約聖書)
18:19 「まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたのうちふたりが、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。18:20 ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです。」(イエス様の言葉)

 

またイエス様は、弟子たちを働きに出す時に、複数で行かせました。
ルカの福音書(新約聖書)
10:1 その後、主は(イエス様は)、別に七十人を定め、ご自分が行くつもりのすべての町や村へ、ふたりずつ先にお遣わしになった。

 

相談し、祈り合う仲間が「私たち」には必要なのです。

 

クレーマーのご対応は、大変だと思いますが、きっとあなたを支えてくれる人は既に身近におられると思います。(その方々の、顔を思い浮かべてみて下さい)

きっとその方々の協力の元、解決に向かっていけると信じています。

 

今回書かせて頂いたことは、具体的な方策ではなく、考え方です。

1自分の心を守る

2チームワークで物事を進める

 

質問者さんのため、祝福をお祈りしています。

 

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仕事で「心が折れそう」になっています。不安が消えません。どうしたら良いでしょうか。

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「25歳の男性です。会社で新しい企画を任せられました。経験を積むために、と言われたのですが、初めてのことばかりで、不安が消えません。不安材料ばかりを見てしまい、動けなくなっています。上司はサポートすると言ってくれていますが、心が混乱し、何をどう相談したら良いかも分からない状態です。何か良いアドバイスはありますか。」

 

期待を受け、上司から仕事を任せて頂いたのですね。これはチャンスでもあります。

しかし、質問者さんにとっての今は、「そんな気分ではない」状態だと思われます。

「不安材料ばかりを見て、動けない」とおっしゃっていますので、すでに「穴に落ちて」しまっている状態です。

こういう時は、外部から助けて貰うことが大事です。

少し、一緒に考えていきましょう。

 

今回お話ししたいことは、3点です。

A【不安を一度リセットすること】

B【今までの成功体験(肯定的なイメージ)を思い巡らすこと】

C【大きな目標ではなく、可能な小さな目標を考えること】

 

質問者さんにとって、この新しい企画は、嬉しいことでもあり、不安なことでもありますよね。

期待をされていることは嬉しいでしょうが、その重圧感は相当な大きなものでしょう。

今後経験を積めば、きっと今回のような恐れや不安はなくなるでしょうが、今は経験不足で「成功体験」が足りないでしょうから、不安を感じるのは「当然のこと」だと思います。

 

A【不安を一度リセットすること】

人は、一般的に「肯定的なもの」より「否定的なもの」に影響されやすいという研究があります。

そして「否定的なもの」は、「粘着性」があるのです。(一度捕まると離れられない、ゴキブリホイホイのようなものです)

動けば動くほど、否定的な思いに捕まるのです。

 

そして人は「意識したもの」に縛られます。「否定的なもの」から、抜け出そうと考える程に、ますます「否定的な不安感」に縛られるのです。

ですから、「否定的なもの」と戦っては「いけません」

「無視」をし、「リセット」するのです。

 

旧約聖書の人物で、ダビデがいます。(私の文章には度々登場します)

彼は、「心が折れそう」な状況下で、何度も危機を乗り越えました。

義理の父親から、誤解によって幾度も殺されそうになっても、彼は自暴自棄にはならず、一歩一歩すべきことを進めたのです。(考えて見て下さい。自分を守るだろうはずの人から、殺されかけるのです。人間不信になってもおかしくない状況です)

 

彼は、「問題」である「義父サウル」や「苦しい状況」に目を向けませんでした。

彼が目を向けたのは、自分を愛し守ってくれる存在、すなわち「創造主である神様」です。

 

詩篇103:2-5(ダビデ作)
103:2 わがたましいよ。【主】をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。
103:3 主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたのすべての病をいやし、
103:4 あなたのいのちを穴から贖い、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、
103:5 あなたの一生を良いもので満たされる。

 

質問者さんには、「安心できる存在」はありますでしょうか。

「自分を支えてくれるもの」があれば、そこに「心を集中」するのです。

「不安の対象」ではなく、「安心の対象」に目を向けるのです。(切り替えるのです)

 

リセットするためには、別のものに集中することが大事です。

神様(自分を完全に支えてくれる存在)に目を向けて、リセットすることが最善ですが、別のものでもリセットできます。

一般的に、リセットするために、

運動する

音楽を聴く

文字に書き出してみる

瞑想する

 

が良いと言われています。

久世浩司氏の資料より

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まずは、「リセット」を意識しましょう。

「否定的なもの」から目を離すのです。 

 

 

B【今までの成功体験(肯定的なイメージ)を思い出し、思い巡らすこと】

B-1「信仰(こころ)の筋肉」とB-2「思い巡らすこと」

 

「神は、乗り越えられる試練しか与えない」という言葉があります。


Ⅰコリント 10:13 あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。

 

質問者さんの「上司の立場」で考えてみますと、

上司は「あなたができる」と信じて託された筈です。

ですから、あなたは上司に認められ、期待されていると言えるでしょう。

そんなあなたですからですから、きっと乗り越えられるはずです。(私は信じます)

 

B-1「信仰(こころ)の筋肉」

先ほどの詩篇103には、

「主の良くして下さったことを何一つ忘れるな」とダビデは語っています。 

 

リセットした後に、

「否定的」になりそうな時、「良くしてもらったこと(成功体験)」を思い出すのです。

しかしここには、「信仰(こころ)の筋肉」が必要です。

「否定的なもの」が見えかけても、敢えて「肯定的なもの」を見続けるという、心の力です。

 

 

水の中に落ちた時、陸に上がるのに、腕や身体の「筋力」が必要です。

しかし同時に、「こころの筋力(上がろうとする意志力)」も必要なのです。

 

こころ(信仰)も、筋肉のように「鍛える」必要があります。訓練をすれば「強く」なります。しかし反対にサボっていますと、この筋肉は「弱って」いきます。

(自分でできない時には、誰かに助けてもらいましょう。しかしどこかで、自分自身にも力をつけなければならないです)

 

成功体験を思い出しましょう。小さなものでも。そこに集中するのです。

「こころの筋肉」を鍛えて、「良いもの」に意識をし続けるのです。

 

 

 B-2「思い巡らすこと」

「良いもの」を見つけ、集中したら、必ずしなければならないことは、それを「思い巡らすこと」です。

心の中に「光が満ちる」と、「闇」は入れなくなります。(夜に電気をつけると、暗闇が消えると同じ理屈です)


ヨハネ1:5 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。(新約聖書)

 

「悪」が入る隙間が無いほど、「良いもの」を味わい、心を「良いもので一杯」にするのです。

これを忘れると、心の隙間に「悪(闇)」が入り込もうとします。

 

私は、朝起きると、無意識に「イエス様愛しています。感謝します」と祈っています。

夜中に目が覚めた時も「イエス様愛します」と心で祈るのです。

無意識でしていたことなので、最初その意味が良く分かっていませんでした。

しかし心のメカニズムを学ぶ中で、私は「イエス様愛します」と祈る中で、「良いもの(イエス様への愛とイエス様からの愛)」で心を一杯にしようとしていたのだ、と気がつきました。

この祈りをいつもするようになってからは、心が「悪や不安」で満ちなくなりました。

不安になりそうな時、(不安が入る前)に、「イエス様の愛します」と言って、心を「良いもの」でいっぱいにしようとします。そして、その祈りを終えてから、物事に対応するようにしています。すると、穏やかな気持ちで、進めることができるのです。

 

私が知っている限りでも、心の中を「良いもの」をいつも満たすだけで、精神的な病だけでなく、肉体的な病も癒される事例が、数限りなくあります。

興味のある方は、「ヒーリングコード、アレックス・ロイド著」(元Youth Pastor、心理学博士、自然療法博士)をお読み下さい。

 

 

最後に、

C【大きな目標ではなく、可能な小さな目標を考えること】に触れます。

私なりのイントロ(導入)を書かせて頂きますので。色々ご自分で検討してみて下さい。

「大きな目標」で不安になる時は、乗り越えやすい「小さな目標」をたくさん立てることが、よろしいです。

 

私が、四日市の今の教会を始める時、三重県北部、中部の殆どのキリスト教会を回りました。そして、立地条件、規模(開始時期)、駐車場等をリサーチしました。

その結果、近鉄本線の主要駅から歩いて10分程度の圏内に、新しい教会の場所を借りる、という結論となりました。(それを実行し、現在は四日市駅徒歩約7分にある中古ビルを購入し使用しています)

 

協力してくださる上司の方がおられるということですから、、胸を借りて、すべての現状を報告し、アドバイスを頂いたら、よろしいのではないでしょうか。それも一つの「小さな目標」になります。

 

助けてくれそうな人、調べられるものすべてを、リサーチしてみるのです。

(もしかすると、チームワークでしか、新企画は乗り越えられないかもしれません。その調整役を質問者さんは期待されているのかもしれないのです)

 

その幾つかの「小さな目標」の先に、質問者さんが目指している「大きな目標」のゴールが見えてくるはずです。

幾つもの「小さな目標」・・・イメージできましたでしょうか。(質問者さんの状況を全ては分かりませんので、ご自分で何度も繰り返して、イメージしてみて下さい)

 

A不安を一度リセットすること。

B肯定的なイメージを思い巡らすこと。

C大きな目標ではなく、可能な小さな目標を考えること。

 

この3つを思い巡らしつつ、実行してみて下さい。

またご質問があれば、お知らせください。

新しい企画の、成功の祝福をお祈りしています。

 

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職場の「裁きあいの人間関係」でギスギスして疲れています。どうしたら良いでしょうか。

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「28歳の女性です。同じ部署に定期人事で同年代の女性が配属されました。今まで和気あいあいとした雰囲気だったのですが、その人が入ってから、職場が「ギスギス」するようになりました。彼女はあからさまには言わないのですが、陰で「これってイヤーね」と口にします。そして同調する人をお茶に誘い、職場や上司の悪口を言っているようです。(私はあまり誘われません)。頭の回転が速い人なので、仕事はそつなくこなすのですが、自分の失敗は人のせいにします。それもとても上手に・・・です。その人を見ていると、「モヤモヤ」します。最近、その人が、私に距離をあけているように感じます。その人と仲の良い人からも距離を感じますので、悪口を言われているように思えて、少々「被害妄想気味」です。アドバイスを頂けませんでしょうか。気持ちの整理をしたいですし、今後の対応のヒントを頂けれたら思います。よろしくお願いします。」


職場の雰囲気に、悩んでおられるのですね。
毎日顔を会わせる人たちですから、できるだけ仲良くしたいですよね。
「気持ちの整理がしたい」とおっしゃっていますから、少し論点を明確にしてみましょう。

ます、質問者さんはとても「優しい方」だと思います。
「和気あいあい」だった職場の雰囲気を良いものだと考え、「ギスギス」した雰囲気を悲しんでおられます。
そして、もう一度、元の良い雰囲気に戻したいと願っておられるのでしょう。
少しでも好転すると良いですね、お祈りをしています。

「モヤモヤ」の原因について考えてみたいと思います。
まず「聖書の価値観」で、はっきりと言わせて頂きます。
「自己本位の裁きの心」は、「悪」であり「罪」であるということです。
これは、厳しいと思われるかもしれませんが、「聖書の価値観」です。

マタイの福音書 7:1 さばいてはいけません。さばかれないためです。
7:2 あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。

質問者さんの文章をお読みしますと、「同僚の方」の心の中に、「裁きの思い」が流れているような気がします。
これは、自分の正しさを主張する思い(自己防衛)から来るものだと考えられます。

「動機」が「裁きの心」ですと、
それを聞いた人は、嫌な気持ちになります。
良心的な人間は「自己本位の裁きの心」を、直感的に「悪いもの」である、と感じます。
(いくら美しい言葉でも、理屈が通っていても、感じるのです)
(一方逆に、同じ裁きの心を持っている人は、磁石のようにくっ付く傾向があります)

ですから、質問者さんは、同僚の「裁きからくる言動」に、モヤモヤを感じたのです。

またその傾向の方は、物差しが2つ(二枚舌)あることが多いです。
人には厳しく、自分には甘いと言う物差しです。(これが自己本位、自己中心性の正体です)
これも「罪の性質」のため、目の前でそのことが起こると、心が「モヤモヤ」してくるのです。

聖書に「義人はいない。一人もいない。」と書かれています。
この「基準(ものさし)」からすると、「すべての人が、罪びと」になります。
ですから人間には「救い」が必要なのです。
それは「罪の赦しの救い」だけでなく、「罪の性質、からの救い」も含まれているのです。


さて、私が今回、お伝えしたいことは、二つです。
①裁きに「同調しない」こと。
②「上の視点に立つ(視点を高いところに置いて考える)」こと。
「優しい」「前向きな」質問者さんのことですから、
この二つを思い巡らし、思索していく中で、具体的な解決の知恵や方法を見つけることができると信じています。
最後に、私なりの示唆も、書き加えたいとも思っています。


①裁きに「同調しない」こと。
人は、「他人から批判される(裁かれる)」とその人を「批判したく」なります。
これは、自己防衛本能からも、当然のことですが、
これを「感情のまま」にすると、「返り血」を浴びることとなります。

そして「裁きの心」は、「伝染」します。
誰かが、「裁きの思い」で、言動しますと、周りの人が「共鳴」するのです。
(人は、多かれ少なかれ「裁きの思い」を持っているからです)
ですから、気を抜くと(自然な流れで)、簡単に引きずられるのです。

「対策」は、裁きに乗らないと心に決めることです。(簡単に書いていますが、難しいことです)。
「売り言葉に買い言葉」というように、売られた喧嘩は買ってしまうものだからです。

どうして買ってしまうのか。
それは「私の心の中に、裁きの思いがある」からです。
引き出されるのです。

ではどうしたら良いのか。
「裁きの思い」を取り除くのです。
イエス様の言葉はこうです。(有名な聖書の言葉です)
マタイ 7:5 偽善者よ。まず自分の目から梁を取りのけなさい。
そうすれば、はっきり見えて、兄弟の目からも、ちりを取り除くことができます。

具体的には、私たちの心が、「心地よい感情」で満たされることです。そうすれば「否定的な感情」は、入らなくなります。
(ヨハ ネ1:5 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。)
否定的な感情、入れないためには、知識では足りません。
具体的な光が必要です。心の中が、愛と喜びの感情(光)で、一杯になっていることが必要なのです。
そのためには、良い言葉を、心の中に蓄えることが、必要です。

あなたの好きな、心が満たされる言葉を、思い起こしてください。書き出してもいいかもしれません。
しかしそれを、考えるだけでなく、味わうようにするのです。

私は聖書の言葉を思い起こします。
イザヤ 43:4 わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。
詩篇27:10 私の父、私の母が、私を見捨てるときは、【主】が私を取り上げてくださる。
(ほかにも、たくさんの素晴らしい言葉があります。要はそのことを心に思い巡らし、本当にそうだと心に満ちるまでやめないことです)

こころが「優しさに」満ちていると、目の前でエサのように誘惑する「裁きの思い」に引っ掛かりにくくなるのです。
(本当です。やってみて下さい)


②上の視点に立つこと(視点を高いところに置いて考える)
次に、このことを考えてみます。
上の視点に立つとは、究極的には、神様の視点に立って考えると言うことになります。
(現実的には、私たちは神様ではないので、100%神様の考えに立つことはできませんが、聖書のみ言葉が助けになります)

しかし、職場の人間関係の中では、「上司の立場で考える」と言い換えても良いと思います。
つまり、同僚同士であれば、無責任に批判することができます。
しかし、上司の立場であるなら、部下に対して、「その人の良いところ」を見つけ、「助けよう」とします。
そのことによって、部下が向上し、結束していくことができるからです。(一言でいえば、愛情です)

質問者さんが、その同僚を見るときに、そのような視点で、考えてみたらよろしいと思うのです。
その同僚の方の、良いところを、見つけるのです。

また、あなたが、もしお祈りができる方であれば、神様にお尋ねして、知恵を頂けるように、愛を頂けるように
祈ってみて下さい。
すると不思議と力が与えられることが多くあります。


悪に負けないことです。
ロマ 12:9 愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善に親しみなさい。

カギは、実は「あなたの心の中」に、あります。
あなたの心が、愛に満ちるならば、「裁きに乗らず」語るべき「知恵の言葉」が与えられます。
あなたの心が、同僚に対する不信と裁きで満ちるなら、「負の感情」に巻き込まれてしまうのです。

具体的なことをいくつか書きます。

例えば、同僚の方が、上司を批判したとします。
「そういう考えもありますよね」と言ったり、「ふーん」と相槌を打って、心では同意しないことです。
①の「裁きに同調しない」ですよね。

その同僚の方のことを考えていると、(私は祈っている時に起こりますが)
「不思議な優しい言葉」が「わき上がり」ます。そしてふさわしいタイミングで「優しい言葉」を無意識に(ここが大事です)
出すことができるのです。

そして知恵の言葉が与えられます。(アイディアも与えられます)
②の「上の視点に立つ(考える)」ですね。

心は高い所から低い所に流れます。自然なことです。
あなたが、傷つき、相手に批判的な感情でいるならば、「相手の負の感情」を(低い所にいる)あなたは、かぶってしまいます。
しかしあなたが、「愛に満ち」「思いやりに満ちるならば」、
負の感情は流れてきません。むしろ「あなたの良い感情」が(低い所にいる)相手に影響を与えるのです。

頑張って下さい。(あなたの人生の訓練だと思って、前向きに捉えて下さい)
①裁きに「同調しない」こと。
②「上の視点に立つ(考える)」こと。

この二点を意識して、しばらく過ごしてみて下さい。
祝福をお祈りしています。

最後までお読み下さり、ありがとうございました。
質問があれば、お知らせ下さい。

 

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人から「否定的で嫌みな言葉」をかけられ続けています。どう対応したら良いですか。アドバイスをお願いします。

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「30代男性です。会社で一人の上司から目の敵にされています。以前仕事上で問題点を指摘したことがありました。他の同僚は、よく言ってくれたと感謝してくれたのですが、それ以降、その上司からは嫌味を言われるようになりました。その上司は会社ではあまり評価されていません。気にしないようにとしていますが、やはり目の前で嫌みを言われ続けると嫌な気持ちになります。しかし挨拶だけは、こちらからするようにしています。どう対応したらよいでしょうか。アドバイスお願いします。」

 

ご質問、ありがとうございます。

人から「否定的な態度」を取られることは、あまり気持ちが良いものではありませんね。状況的に見て、その主な原因は、質問者さんではなく、その上司ご自身にあるようです。

けれども質問者さんは「嫌みを言う上司にも、自分から挨拶をするようにしている」と言われます。とても立派な行動だと思います。ご自分で、既に解決のための努力をしておられるのですよね。

 

きっと、ご質問者さんは既にお気づきになっていると思いますが、「嫌みを言う上司の方」は何かのコンプレックスを抱えておられるような気がします。

失礼ながら、その方は、仕事上評価されていないと、書かれていましたから、性格的にルーズな方なのかもしれません。

そういう方は、やるべきことをやらず、自分を正当化してしまう癖を持っていることが多いです。心の中では「しなければならない」と思っていても、「めんどくささ」に負けてしまうのです。

そういう方が、人から正論を言われると、「正しいと分かっていても」感情的に反発してしまいます。しかしこれは人間として自然なことでもあります。ですから、対応するには「智恵」が必要です。

 

聖書に「正し過ぎてはいけない」という言葉があります。
伝道者の書7:16 あなたは正しすぎてはならない。知恵がありすぎてはならない。なぜあなたは自分を滅ぼそうとするのか。


一点、気になったので「気づき」のため敢えて指摘いたします。

もしかすると、あなたはその形を「見下している」のではないでしょうか。もしそうだとしたら、「その点(その感情)」は対処していかなければいけません。

 

人は「見下している」と、その相手の言動を無意識のうちに否定します。人によっては存在さえも否定しようとします。つまり「無視」です。

あなたが、「そんな感情」を抱えて、その人と接しているならば(そうでなければ聞き流してください)、その感情は相手にも伝わるはずです。もしそうならば、その相手はあなたのことを「嫌な奴だ」と思うことでしょう。嫌みを言われる原因の一つは、あなたが作っておられるかもしれないのです。

「ご自分から挨拶されている」ことも、そういう動機でしているならば、相手にはあまり良い影響を与えません。

 

「そんな気持ちを持っていない」とおっしゃるならば、大変失礼な返答をしているのかもしれません。しかし、私は「人間の心はそんなに清いものではない」と感じていますので、失礼ながら、気づきのためのヒントとして書かせていただきました。(もしそうではないならば、聞き流して下さいね)

 

今日も、聖書の中で取り上げたい人物は、ダビデです。

ダビデは「非常に優秀な人物」でした。

そして「神様を愛する」心のとても純粋な人でした。

しかし彼は、前の王サウルから、嫉妬と誤解によって、何度も殺されかけたのです。

 

しかし、ダビデは、サウルを殺すチャンスがあったにもかかわらず、手を下しませんでした。

その最大の理由は、彼が「神様を愛していたから」です。

彼は神様が「サウルも愛していること」を、知っていました。だから個人的には様々な感情を持っていても、神を愛するゆえに、サウルを自分で「罰しなかった」のです。(彼は自分の心を制しました)

・・・しかし「正しい神様」は、最後に「サウルを罰し」ました。このことは良く覚えておくべきです。

 

サウルが殺された後の話にも、私は注目します。

ダビデはサウル王が亡くなった時、そのことをとても悲しんだのです。

ある人は、彼は演技(パフォーマンス)でそれをしたと言いますが、私は、修羅場でその言動が取れると言う事は、やはり彼の心の中に、サウルへの「尊敬と愛」があったからと思います。

ダビデは、「神様を愛する」が故に、自分に敵するサウルでさえも、「尊重し、愛していた」のです。

 

ここに、「人から否定された時にどう対処するか」のヒントがあると思います。

 

一番の、原点は、「神様を愛する心」です。そのため、人ではなく、神様が、良いと思うこと、第一と、していく心です。(究極の答えですが、、、実行は難しいことです)

 

これから質問者さんが、その方と良い対応をしていくために、

三つのチェック項目を書かせていただきます。(理性的に受け取って下さい。感情面は最後に触れます)

 

第一に、視点を「高い位置」に持っていくことをお勧めします。

あなたの感情でもなく、上司の方の感情でもなく、視点を「少し高いところ」に持っていくのです。

自分がしている事は、「神様が喜ばれること」だろうか。「公義にあっていること」だろうか。

そのことをまず第一に考えるのです。

「大きな目的(公義)」のために、一生懸命考えていますと、「私的な小さなこと」は意外と目に入らなくなるものです。

 

第二に考えて頂きたいことは、「あなたの心」についてです。

その方の存在を、尊重しているかどうかを、自分自身でチェックしましょう。

「悪いところ」「悪い噂」だけに意識が向くと、結果は「批判的な心」にしかなりません。本当にそうなのか、ともう一度考えてみましょう。

「明るい」とか「意外と優しい」とか、「その方の持っている良い個性」に目を向けて、その方を「正当に評価する」のです。(神様を愛し、神様側に立ちたいならば、心の動機チェックは不可欠です)

しかしそれは「問題点を見逃す」ということでは「ありません」。問題点は問題点として「冷徹に分析」すべきです。しかしそれを「愛を動機」として分析するように努めるのです。

 

第三のチェックは、愛を動機とした、良い種まき、言動をしているかどうかです。

裁きの思いで行動すると、結果は悪いタネを蒔くことになります。

(興味のある方は、以前の記事「やられたら、やり返す、倍返しについて(心の法則)」をお読みください。)

「自分はその方のこと」を考えて行動しているだろうか。そのような「愛の動機」で言動するならば、必ずどこかであなたの動機は実を結びます。(その結果、その方がその後どういう態度を取られるかは、その方の責任です。あなたは、「良いタネを巻き続けること」です)

 

この3点を、チェックしてした上で、行動していくならば、きっと、今後、良い関わりができるはずです。

 

けれども、最後に感情について考えてみます。

ここまで読みながら、「そんなことは、やってられない」「ワタシは正しいことをしている。悪いのはあいつじゃないか」という感情が湧き上がってきた、かもしれません。

 

「理屈で正しい」と分かっていても、感情が「納得できるか」は別のことです。

 

私は、そのような状況になった時に、まず「祈り」ます。

そしてそれでも納得できない時には、私のことを心配してサポートしてくれる「恩師」に連絡をして、話を聞いて貰います。(恩師もクリスチャンです)

すると考えが整理されて、「正しい理屈」が見えてくるのです。

 

感情は、時に「非常に厄介」です。しかし「感情に流されて」はいけません。

あなたは「自分の感情」を支配しなければなりません。(感情を納得させるのです)

その上であなたが「正しいこと」をしていくならば、環境は好転していきます。そして「最善のゴール」に到着できるのです。

 

向上心を持ち、良心的な、あなたであるならば、今後、ますますの良い関わりができると、信じています。

祝福をお祈りしています。 

 

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苦しみを乗り越える方法が、聖書にはありますか。

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「やるべきことが理屈ではわかっているのですが、目の前の問題が大きすぎて、乗り越えることが辛いです。聖書で何か、力になる言葉はありますか。」(45歳男性)

 

ご質問をありがとうございました。

若いうちは勢いでできても、ある程度の年齢になると、気合や頑張りでは乗り越えられなくなりますよね。いろいろな問題が見えるほど、恐ろしさが先立つことも事実です。「これで行ける」確信があっても、辛くて前に進めなくなることもあります。

 

いつも少し長くなってしまうので、今日の答えは、できるだけシンプルに要点のみに努めたいと思います。(精神的な支えの部分は、別の記事に譲ります。)

 

それではまず第一に、まずあなたの、心のエネルギーが、どれだけあるかということを、考えてみたいと思います。

 

「燃え尽き状態、エリヤの場合」

旧約聖書に、エリヤと言う人物がいます。神様の働きをした偉大な人物です。

しかしある大きな仕事を終えた時、彼は「燃え尽きて」しまうのです。

(その原因は、疲れと、人の悪い言葉を心に入れてしまったためです)

彼は落ち込み、一人逃亡します。

 

その時の、神様の、彼へのアプローチを、見てみたいと思います。

①食べて飲んで休む。

②泣き言、聞いてもらう。

③少し回復したら、本来の、すべきところに近づいていく。(神の山に近づく)

 

①食べて飲んで休む

もしあなたが、燃え尽きている状態ならば、神様は、「あなたが休むように」、導いてくださると信じます。仕事が多すぎるならば、少し減らしましょう。可能な限り、自分の責任を、小さくしましょう。人に譲ることができるのであれば、目一杯、譲りましょう。そしてできるだけ、ストレスを心から除外するのです。

つかれたら、まず食べて飲んで、ゆっくり寝て、休みむことが大事なのです。

 

②泣き言を聞いてもらう

そして、自分の弱さをさらけ出すことができる人を見つけましょう。人間は「気が張り詰める」とおかしくなってしまいます。一番弱い所をさらけ出すと、詰まっていたガスが抜けるように、気が楽になります。

祈りには、とても力があります。あなたが、大きな存在である創造主に訴えることができる方ならば、真心から「自分をさらけ出して」祈りましょう。

 

③少し回復したら、本来のすべきことを、少ししてみましょう。

たくさん寝て疲れが取れたなら、少し前向きな気持ち(気力)が湧き上がってきます。また、痛みを人に話すことができ、受け止めて(応援して)もらえたならば、さらにもう少し(気力)がわき上がります。しかし無理は禁物です。あなたはまだ回復の途上なのですから、無理せず、、最低限のやるべきこと「だけを」するのです。

 

 

第二に、もしあなたが、大変な状態であっても、「立ち向かうだけの気力」が、「少しは」あるのであれば、次の人物を参考にしたら良いと思います。

 

「ヨシャパテ王の場合」

ヨシャパテ王は、ユダの王で、圧倒的な敵から攻撃を受け、国が滅ぼされそうな状況に追い詰められました。

 

ヨシャパテがしたことは、以下の通りです。

①プレッシャーを全てさらけ出す。

②神様の戦いであるという、「お墨付きの言葉」を頂く。

③感謝と賛美をする。

 

①プレッシャーをすべてさらけ出す。

彼は神様の前で、仲間たちと共に、「現状の難しさ」をすべて祈りの中でさらけ出しました。

注目すべきことは、彼は「逃げてはいない」のです。問題がどれだけ大きくても、その問題を冷静に直視し、「大きな力ある存在(神様)」にすべてを訴えています。

「大きな問題」を解決する上で、「問題を直視すること」は非常に大切です。しかしここにはエネルギーが必要になりますから、もし十分な力が無い場合は、「エリヤの場合」のように、まず「先に回復する事」を優先すべきです。

 

②神様の戦いであるという、「お墨付きの言葉」を頂く。

人は、迷いなく信じる時に「強大な力」を発揮します。

ヨシャパテ王は「この戦いは、神様の戦いだ」と言われます。自分だけの戦いではなく、公の戦いであると言われたのです。公の戦いであり、必ず勝利することができるとするならば、私たちは、希望を持って、辛い道でも、前に進むことができます。

要は、「必ず勝利できると確信すること(信仰)」が大切なのです。

しかし盲目的な信仰では、最後は破綻します。

全知の神様があなたに、「この戦いは私の戦いだ」と言ってくだされば、最高の、励ましになります。

専門家に相談し「解決できる、お墨付きの言葉」を頂くことができれば、それも力となるのです。

 

③感謝と賛美をすること。

ヨシャパテ王は、戦いが始まる時、その最前線で、感謝と賛美を捧げました。

感謝と賛美には、力があります。

赤いセロファンで周りを見れば、すべてが赤く見えます。青ならば、すべてが青く見えるのです。そのように「感謝のメガネ」で周りを見るならば、感謝すべきことが浮き上がって見えてきます。すると「助け」や「解決の知恵や力」が良く見えるようになるのです。否定的になって、下を向いているならば、解決も助けも逃がしてしまいます。

ですから、「状況が厳しくとも」、「感謝」しましょう。

前向きな気持ちで、できると信じて、感謝しつつ最善を尽くせば、解決は勝手に与えられることもあるのです。

この時のヨシャパテ王たちには、伏兵が現れて、最終的に同士討ちが起こりました。そして勝利することができたのです。

 

最後に、

聖書の励ましの言葉です。

箴言(旧約聖書)
3:5 心を尽くして【主】に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。
3:6 あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。

 

詩篇(旧約聖書)
37:23 人の歩みは【主】によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。
37:24 その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。【主】がその手をささえておられるからだ。

 

あなたが、問題を直視し、最善の中で解決していけることを、お祈りしています。

乗り越えることができますように。

 

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人の感情を受け取り過ぎて困っています(HSP)。聖書に解決の方法はありますか。

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「HSP」とは、生まれつき「非常に感受性が強く敏感な気質もった人」という意味で、「Highly Sensitive Person」頭文字をとって「HSP」と呼ばれています。
HSPは後天的なものではなく、先天的な気質であることがわかっています。
統計的には人口の5人に1人があてはまる『性質』で、まわりに合わせようと無理をして生きづらさを感じやすくなる性質といえます。

 

「30歳の男性です。以前から近くで怒っている人がいると、その感情を受けてしまって困っていました。最近HSPという言葉を知りました。するとまさに私が苦しんでいた理由だと思いました。小さい頃から人と会うと疲れやすく、電車に乗るだけで疲れました。立ち話をしても、その人が暗い顔をしていると、こちらも「どんより」してきます。あらゆる情報がいつもたくさん頭と身体に入ってくる感覚です。こんな問題を解決する、聖書の知恵はありますか。」

 

ご質問をありがとうございます。

私の知人にも何人か、HSP傾向の方々がいます。

ある方は、話し声も周りの小さな音も同じように耳に入ってくるので、疲れると言われていました。

HSPは、5人に一人の少数派なので、多数派の方がそのことを聞くと、「気にし過ぎ」と言ったり、HSPに対し「私に気を遣えということなのか」と逆に攻撃したりすることもあります。それは、「苦しみが分からない誤解」からくるものです。

 

HSPの方は、「聞きたくない音を無理やり聞かされている」ようなものですから、自分と他人の境界線が曖昧になります。他人の感情(声)が入り過ぎて「自分より人を優先してしまいがち」になることも多いのではないでしょうか。「自分の気持ち」分からなくなることも有ると言います。

 

今回は、聖書と信仰の立場から、三つのことを助言させて頂きます。

第1は、自分を「大切に」すること(聖書の創造主に助けて頂いて)。

第2は、自分の心を守ること。

第3に、他の人の感情や情報を「断ち切る術」を身につけること。

 

1、自分を「大切に」すること。

一つ質問をさせて頂きます。

「あなたは、ご自分を大切にされていますか」

少し考えてみてください。

私たちは、物事を大切にするかどうかは、バランスによって決めています。

一方を大切にすると、他方は軽く見てしまいます。

特に、病気やアクシデントという緊急事態に会うと、当然そちらを優先します。

あなたの心に「緊急事態のように」情報が入って来た時、あなたはどうするか、を考えて頂きたいのです。

「視覚が敏感」な人は、目からの情報。

「聴覚が敏感」な人は、耳からの情報。

あなたの感度の良い五感によって、センサーのように情報が、侵入してくるのです。

そしてその情報から、目が離せなくなります。

そうなると、「あなたの大切な心」が置き去りになってしまうのです。

 

この時、自分を「大切に」できるならば、「侵入する情報」から「距離を置く」ために、

「場所」を離れたり、

「緊急事態でも心に入れない(敢えて無視する)」という選択肢を取ることができるのです。

 

ですから大切なのは、「自分が大事」と思える「自尊感情」です。

もう一度、質問です。

「あなたは、自分が大事だと思っていますか。(建前ではなく、本音で)」

 

聖書の有名な言葉に、

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)

があります。

 

創造主は、あなたが「大切な存在だ」と見て下さっているという約束の言葉です。。。

あなたが「私なんか……」と思っても、

創造主は「いや、私はあなたのことを大切だと思っている」と言われるのです。

 

創造主が「あなたが大切だ」とおっしゃる以上、「あなたは大切」なのです。

その言葉の「否定」は、あなたにも「できない」のです。

 

創造主の「あなたが大切、価値がある、あなたは宝物」という言葉が心に染みわたったならば、

「緊急事態のような情報」が心に飛び込んできても、無条件にパクッと飛びつきません。

まず「あなたの心を大切にする」判断をし、その後で「侵入する者」に対応する、という優先順位が身につくのです。

 

これができた人は、とても楽になります。

多くの人が、無意識に簡単にしていることを、センサーの敏感な方は、意図的にしなくてはいけません。(訓練が必要なのです)

もしあなたが、創造主の価値観を聞き、「そうなんだ」と受け入れることができたならば、

あなたは「自分を大切に」し、

「自分の境界線をつくる」(自分の心を守ること)ができるようになるのです。

これは、知っているという「理屈」では、役に立ちません。

「本当にそうだ」という、「体験(納得すること)」が、必要です。

 

今から、私の神様(イエス様)との、個人的な「心の関係」をお話しします。

(参考にして頂ければ幸いです)

24歳でイエス様を信じた時、最初は知識だけで、「イエス様との心の交流」が良く分かっていませんでした。

 

聖書を学ぶこととある体験を通じ「神様はいる」と信じ、聖書を信じ、イエス様を信じたのですが、

「神様の存在」は、頭で分かっているだけでした。

祈ると「神様の温もり」は感じることはあっても、

「愛されている」「認められている」と「心で感じること」は、少なかったのです。

 

今考えると、私の「心の扉」が開いていなかった、と思います。また、「どうやって開いたら良いのか分からなかった」とも言えます。

しかし、クリスチャン生活の中、思い通りにならず助けを求めた時、自分の愚かさに胸を叩きたくなる時、、、それらの時々を通じて、少しずつ私の心は「開いていった」ように思います。

そして、こんな弱い自分を、助けて下さるイエス様を「何度も体験した」こと通じ、私の心は「更に開いていった」のです。

 

クリスチャンになる前、秋の夕方が嫌いでした。それはその景色を見ると「寂しくてたまらなくなった」からです。

しかし、今は違います。空は寂しくても「イエス様が一緒にいて下さる」と感じます。自分は「愛されていること」が(理屈ではなく)分かります。これは、私の体験です。

 

もし、私と同じように、「心」に「イエス様の愛情」を受け取ることが出来たならば、

必ずあなたも「自尊感情」が高まり、雑念から「自分の心を守ること」ができると信じるのです。

 

いかがだったでしょうか。

 

次回のブログで、「自分の心を守ること」を考えます。

「自分のお庭は自分で管理する」

「バウンダリー(境界線)という概念」

 

第三回では、「否定的なものを入れない」(断ち切ること)」を考えます。

そこでは最初に「否定的とは何か」から、聖書から考えていきます。

「断ち切るとは《概念》」「断ち切る方法」も考えていきます。

 

お楽しみに。

祝福をお祈りしています。

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HSP(生まれつき感受性が強い気質の人)の資料

HSP(Highly Sensitive Person)「生まれつき非常に感受性が強く敏感な気質もった人」の資料のリンクです。分かり易くまとまっているクリニックのサイトです。

ご紹介します。

 

HSPは、障害ではありません。むしろ敏感すぎるゆえに苦しむことの多い、個性と言えます。

 

www.madreclinic.jp

 

 

 

 

 

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