人生相談〜聖書、イエス様を信じる立場から

世界のベストセラー聖書の価値観から、生きるを考えます!(モノの見方が変わると、とても楽になります)

雲の向こうに「山」があるように、問題の向こうに「違う景色」がある

(今回は、信仰の証しです。)

先週、子供と一緒に、1泊2日で富士急ハイランドに行ってきました。

元々の予定は、3泊4日で沖縄に行くはずだったのですが、

コロナの影響で流れてしまい、「じゃあ、どうしようか」ということで、急遽変更したのです。

(以前から、子供が行きたいと言っていましたので)

 

途中、静岡の友人宅に寄ることにし、お土産を準備して出発をしました。

ところが、岡崎インターの手前で、友人から電話がかかってきました。

「昨日会った人がコロナに感染したので、濃厚接触者になってしまった。申し訳ないがキャンセルにしてほしい」と言われたのです。

 

残念でしたが「じゃどうしようか」と考えました。

別の友人が岡崎にいることを思い出して、そこにお土産を持って行こうと予定変更したのです。

岡崎の友人宅近所に、最近「沖縄そば」のお店がオープンしたと聞いて、

本場沖縄の味を体験できました。(沖縄旅行に行けませんでしたので)

岡崎の友人宅で、子供は色々な話ができ、いくつかのプレゼントも貰って、

私たちは、良い時間を過ごせたのです。

(神様に感謝を捧げました)

 

そして、富士宮で一泊をして、早朝富士急ハイランドに向かったのです。

現地の天気予報は、午前中曇り、午後から多少の小雨が降る予報でした。

 

ところが、、、です。

到着してチケット売り場に行くと雷雨となり、

絶叫系コースターは軒並み「運行休止」となったのです。

子供は顔色を変えました。

そして言ったのです。

「どうして神様は願っていることを全部叶えてくれないのだろうか。沖縄がキャンセルし、静岡もコロナでキャンセル。一番楽しみしていた富士急も、神様は取り上げる、、、もういいから帰ろう。早く帰りたい。帰りの予定の、さわやかのハンバーグも食べずに、すぐに帰ろう」

投げやりな調子でした。そして怒っていました。

 

車まで戻ると、私は、一瞬祈りました。

そして以下の言葉を思いつくまま言ったのです。

「ここまで、キャンセルが続くということは、神様には意図があるのではないか。今こそ信仰のチャンスではないか。絶望状態の中で信じる時に、信仰の成長があるのではないか。神様は良い方だと信じるなら、今こそ信じて、次のプランを考えることが重要ではないか?」

色々な話をする中で、子供が、

「分かった。祈ったら、この状況で楽しみなさい、と神様から言われたような気がするので、入園する。絶叫コースターに乗れなくても、それで満足する」

と言ったのです。

 

もう一度チケット売り場に戻ると、雨が上がりました。

そして次々と「運行休止」の表示が、「運行準備中」になり、 乗りたかったコースターには全部乗ることができたのです。

雷雨で帰ったお客さんがいたため、あまり並ばずに、曇りの涼しい中で、、、最高の条件で。

 

「神様は素晴らしい」です。

そして午後に、子供が最後の楽しみにしていた「戦慄迷宮」というアトラクションを出た直後、

再び雷雨となり、館内の電気が全て安全のために止まりました。

私たちは、予定のアトラクションを全て体験できたのです。

 

神様から「えこひいき」をされていると、感じました。

 

神様は良い方です。

そして時々、私たちの信仰の訓練のために、「思い通りにならない」という問題を与えます。

しかし良い神様は、試練と同時に脱出の道を準備しておられるのです。

 

1コリント10:13 「神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」

 

私たちは、お土産を買い満足し、

帰りには、有名なさわやかで、げんこつハンバーグを食べて、

全て満足して帰宅しました。

 

「神様、イエス様」は、素晴らしいです。

 

その時、Twitterに書いた言葉です。

....................................................

雲の向こうに、山があるように、

問題の向こうに、違う景色がある。

 

神様の導きによって、

信じて、

進んだ人だけが、

その祝福を体験することができる。

...................................................

 

子供にとって、沖縄旅行以上の「神様のレッスンと恵み」を受けた最高の一週間でした。

イエス様に、感謝を捧げます。

 

ここまで読んで下さった全ての方々の

祝福をお祈りしています。

 

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「自分は正しい」と思い込む、痛い人にならないために、その2

またまた、久しぶりの更新です。(先回の続きです)
先回「自分は正しい」と思い込んでいる人は、

「現実を直視出来ず」嘘をついたり、誤魔化しや言い訳を言って生きることになり、

「非常に不自由」である、ことを考えました。

ですから、「自分を正直に認めて」生きる方が「楽」なのです。

 

今回は、自分を正直に見つめるために、

①自分の外にルールを置くこと。(信じること)

②できない現実を受け入れること。

③許し(赦し)を学ぶこと。

を考えていきます。

 

①自分の外にルールを置くこと。(信じること)

「自分を越えた存在」を信じる、最大のメリットは、

「自分が神様にならなくて済む」ということではないでしょうか。

 

人は、心のどこかで「絶対的なもの」を求めています。

しかし「自分を越えた存在」を持っていない人は、

「自分が神(絶対的存在)」になってしまいます。(自然なことです)

 

すると「自分の基準」で人を裁き、見下します。

(自分のことは、横に置いておいて、人を裁くのです)

当然思い通りにいかないので、イライラします。

ストレスが溜まります。

その結果、血圧や胃など、体調が悪くなるのです。

(ストレスが一番の大敵なのです)

 

自分を越えた存在、ルールを信じると、

「楽になる」のです。

自分が「正しい振り」をしなくても良くなります。

肩の力が抜けるのです。

 

「杞憂」をいう言葉を思い出します。

中国の紀の国で、天が落ちてくると心配して「必死に支えようと努力」していた人に、

「手を離しても天は落ちてこない」と説得し、安心させたという、故事です。

 

「私が手を離して」も天は落ちてきません。

社会は回っているのです。

ルールは、自分を越えたところにあるのです。

それが分かると(納得できると)

ストレスが確実に下がります。

 

②できない現実を受け入れること。

「彼も人なり、我も人なり」

これも故事成語です。

色々な使われ方がありますが、

緊張した時には「彼も、不完全なな人間だから、恐れる必要がない」

と自分を安心させる言葉としても、使われます。

 

人間は完璧ではありません。

失敗したり、できないところがあるのが、「普通の人間」です。

 

神様を信じることができると、

人間を恐れなくなります。

人間が不完全だと受け入れることができます。

すると、

「できない自分」も受け入れることができるのです。

 

そうすると楽になって、現実的な対応ができます。

「できる自分のフリをして」問題解決をするよりも、

「できない自分を認めて」問題解決に努めた方が、

「問題解決の精度」が上がります。

「できるフリ」をしない方が、絶対的に良いのです。

 

③許し(赦し)を学ぶこと。

聖書に書かれている創造主、そしてイエス様を信じる最大のメリットは、

「神様の赦し」を学ぶことです。

「神様の赦し」は人を楽にします。

自分が赦されていることが分かると、

「人を許す」ことができます。

 

私の実感として、「自分と人を許す」ことができたなら、

ストレスの9割はなくなります。

 

ストレスにエネルギーをかけない分、

もっと建設的なところに「気力と時間」をかけられるのです。

(絶対に楽になります)

 

創造主は、人間の罪を赦して「天国に入ること」ができるために、

罪のないひとり子、イエス様を地上に送りました。

そして、人類の全ての罪を背をわせて、十字架で罰を与えました。

それは全人類の罪を赦すためです。

それはすなわち、私の罪が赦され、天国に入れるためです。

そして赦しが実感できると、

私自身も「自分と周りの人」を、許すことができるようになるのです。

 

自分が正しいと思い込む人は、

本当の自分を知りません。

受け入れられないので、直視できないのです。

 

しかし、「自分が赦されている」ことを受け入れ、実感した人は、

自分を直視し、受け入れることができます。

すると、正直で楽な人生を歩めるのです。

 

自分を偽らない、豊かな人生を歩む為に、、、

①自分の外にルールを置くこと。(創造主を信じること)

②できない現実を受け入れること。

③許し(赦し)を学ぶこと。

 

参考にしてみてください。

祝福をお祈りしています。

 

1ヨハネ3:20-22

「たとい自分の心が責めてもです。なぜなら、神は私たちの心よりも大きく、そして何もかもご存じだからです。愛する者たち。もし自分の心に責められなければ、大胆に神の御前に出ることができ、また求めるものは何でも神からいただくことができます。」

 

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「自分は正しい、分かっている」と思い込む、痛い人にならないため。

久しぶりの更新です。

「頭で聞くこと」と「心で聴く(受け止める)こと」は、明らかに違います。

情報を知識として聞いていても、内容を理解していなければ、

「分かっていること」にはなりません。

 

むしろ一番やっかいなのは、「自分は分かっている、正しい」と、

思い込んでいる人です。

そういう「めんどくさい人」にならないために、注意点を書いていきます。

 

①「自分は正しい」と思い込んでいる人は、フィクションの中で生きている。

(現実を見ていない。現実生活を生きていない)

自分が正しいと考えている人は、

「自分は正しいはずだ」という思い込みの中で生きています。

「自分の考え」と「現実」を比べる時に、「自分の考え」を選ぶのです。

それは、現実を無視ことになります。

(現実の課題を見た上で、自分の理想を目指すことのできる健全な人は、ここでは除外しています)

 

以前も書きましたが、そういう人は、よく「嘘をつき」ます。

現実が、自分の考えと合わないと、平気で「話を作る」のです。

「正直ではない」のです。

 

言葉と心が遊離しています。(一致していません)

誤魔化すことが日常になっていると、

「自分が分からなくなる」のです。

 

②自分を正直に認めると、楽になる。

実際、自分を正直に認め、自分の弱さを受け入れた人は、

楽な生き方、ができます。

失敗したら、謝れば良いだけ、ですし、

完璧にできなくても、それは当たり前、と考えますので、

誤魔化す(正当化する)ストレスを、排除できます。

 

「自分を正直に認める」ことは、楽に生きるための、大切なポイントなのです。

 

③「自分を正直に認める」ために意識すること。

しかし自分を正直に認める、そのまま受け止める、ことは実は意外に難しいのです。

「自分がルール」で生きている人は、ルールが間違っていると認めることは、抵抗感があります。

 

創造主(父なる神様)を知り、体験している人にとっては、

以下の3点は楽にできるようになり、

自分を正直に認めることができるのです。

 

1自分の外にルールを置くこと。

2できない現実を受け入れること。

3許しを学ぶこと。

 

次回、その詳細をまとめてみます。

祝福をお祈りしています。

 

マタイ5:37(イエス様の言葉)

「だから、あなたがたは、『はい。』は『はい。』、『いいえ。』は『いいえ。』とだけ言いなさい。それ以上のことは悪いことです。」

 

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「自分のため」に生きるのか、「誰かのため」に生きるのか?

人生には、方向性(ベクトル)があります。

「自分のため」に生きる人は、どこまでもその方向に向かいます。

「誰かのため」に生きようとする人は、ニーズに応えよう、自分の役割を果たそうとします。

今回は、「人生の方向性」について考えてみます。

 

①「自分のため」に生きる人。

自分のために生きている人は、多くは自分が大好きです。

自分の容姿や自分の才能、能力を誇っています。

人は、「自分のために存在している」という、間違った思い込みに生きています。

多くは、幼児体験からきています。

何でも許され、認められるだけで、「適切な躾(しつけ)」が成されなかったことが原因です。

要は「わがまま」に育ってしまったのです。

良い悪いを、体にたたき込まれずに、育ってしまったために、

「自己実現」が当たり前であり、目の前の人は「自己実現の道具」だと、心の奥では思っています。

頭が良い人ならば、表には決して出しません。(しかし、心の奥では本気で考えています)

 

論理が自己中心なのです。

そういう人も、「誰かのため」に行動する「ふり」はします。

なぜなら、それをすることで「自分の評価」が上がることを知っているからです。

人に食べ物を勧めるのも、プレゼントをするのも、計算尽くです。

「自分の利益」をまず考えています。

「自分の優しさ」さえ、「優しい人間」と認められるための、努力なのです。

どこまで行っても、自己中心なのです。

そしてその自己中心性に、気がついていない場合がほとんどです。

(気がついたならば、自分の醜さに耐えられなくなります。そのため無意識に無視することも多いのです)

 

②誰かのために生きる。

聖書は誰かのために生きることを主張します。

 

1コリント10:24

『だれでも、自分の利益を求めないで、他人の利益を心がけなさい。』

 

1コリント13章の有名な「愛」の箇所です。

4 愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。

5 礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、

6 不正を喜ばずに真理を喜びます。

7 すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。

8 愛は決して絶えることがありません。

 

神の栄光を現す

1コリント10:31「だから、あなたがたは食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても、すべて神の栄光を現すためにしなさい。」

 

○聖書の結論は、自分のためではなく、「誰かのために」に生きることが、

「正しい生き方」です。

あとは、それを実行する努力をすることです。

 

ところが、ここに「罪の問題」が出てきます。

この指摘が、キリスト教の特徴です。

聖書は「自分の力では、正しいことを実行するのは、不可能だ」と、主張しています。

(下手に、自分の力で頑張ってしまうと、自分の正しさを誇り、出来ていない人を強烈に批判をし始めます。昔の私がそうでした)

 

○神様を愛して、助けて頂いて実行できる。

アガペの愛というものがあります。

(アガペ:自己犠牲、命がけの愛、与える愛)

アガペの愛で、行動するには、自分の力ではできません。神様ともう一度つながり、愛を頂く必要があります。

 

そのために、絶対必要なことは、不完全な自分を認めることです。

(正しいと思っている間は、受け取れません)

自分の不十分を認め、へりくだって、主とつながるのです。

それが「主を愛すること」です。

 

マタイ22:37-40
そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』

これがたいせつな第一の戒めです。

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。」

 

人生を豊かに過ごしたいと思うならば、

「主を愛する」ことです。

そして、自分を大切にすると同じように、「隣人を大切にする」こと、です。

時間を割き、心を注いで、その人のことを意識し、考え、大切にすることです。

 

繰り返しになりますが、

「自分のためだけに生きる」ことは、方向性(ベクトル)が間違っています。

神様を意識し、人を愛し、「自分が役に立つ働き」に意識を向ける時に、

「的を射た」人生を歩むことができるのです。

 

あなたは、どちらを向いて生きて行きたいですか?

「自分のため」ですか? 「誰かのため」ですか?

祝福をお祈りしています。

 

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「愛すること」と生きる力

今回は、「愛することの力」について考えてみます。

人間には、生きる為の活力が必要です。

「何のために生きているか」の答えを持っている人は、強いです。

それが霞のような「不完全なもの」でも、支えになります。

人は、何か目標がないと生きていけません。

 

だから、頑張るものを探すのです。

達成すべき目標を見つけようと躍起になります。

一つを達成すると、次の目標を見つけようとします。

エンドレスです。

 

しかし実際のところ、一番満足できる達成感は、私はこう考えます。

それは、誰かに喜んでもらうことです。

自己満足では、虚しいのです。

そのために、神と人を愛するのです

今日は、この点を考えてみます。

 

愛されること、愛することは、人生最大の喜びです。

考えてみてください。

あなたを本気で愛してくれる方との交わりは、とても心地が良いものです。

それだけでなく、あなたが愛する人との交わりも、とても楽しく幸せな時間です。

 

そして「人を愛する時、自分が愛されていたことを悟る」ことも多いのです。

「子を持ってはじめて分かる親の恩(愛)」という言葉の通りです。

 

今回は、「愛することの力」がテーマです

 

聖書を提示します。

イエス様が最も大切なこととして語られた箇所です。

 

マタイ22:37-40
そこで、イエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』

これがたいせつな第一の戒めです。

『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』という第二の戒めも、それと同じようにたいせつです。」

 

神様を愛すること、隣人を愛すること。

この二つが最も大切な教えだと、イエス様は言われました。

 

では、見えない神様を愛するとは、どういうことでしょうか。

神様はすでに、「あなたのことを愛して」おられます。

恐ろしいほどの大きな愛で、あなたを見ておられます。

問題は、それに気がついていない、ということです。

 

大きな断絶があるのです。

だから、関係修復には、イエス様から近づいて下さいます。

 

イエス様の弟子、ペテロの話です。

彼は十字架前、自分が逮捕されそうな状況下で、

「私は、イエスを知らない」と三度否定してしまいました。

このことは有名な話です。

彼は、そのことで、ひどく自分を責め、落ち込みました。

イエス様に顔向けできないと思いました。(ルカ22章を読むと、ペテロの心理描写が詳しく書かれています)

 

三日後、イエス様が復活された後も、彼は自分を許せずにおり、

イエス様に対しても(申し訳ない気持ちから)、複雑な思いを持っていました。

 

しばらく経った時、イエス様は個人的にペテロと話をされました。(ヨハネ21章)

イエス様は、食事をもてなされ、ペテロの心が開くようにされてから、こう言われたのです。

「ヨハネの子、シモン。あなたは、この人たち以上にわたしを愛しますか。」

(アガパオー、命がけで愛するという意味)

ペテロは、愛しますとは言えませんでした。

しかし、実際はイエス様のことが大好きでしたので、

「イエス様、あなたが大好きなことは、あなたがご存知です」と答えたのです。

(フィレオー、大好きという意味)

こんなことが、三回ありました。

その時、ペテロはイエス様から、もう一度使命を与えられました

 

そして、このイエス様との交わりによって、ペテロは回復しました。

不十分な愛でも、イエス様に「大好きです」と告白することで、

イエス様との関係が一歩、回復したのです。

 

愛するとは、「関係を保つ、作る」ことです。

愛すると不思議なことが起きます。

それは、相手の考えや愛情が分かる(悟る)のです。

 

特に、イエス様を愛すると特別なことがおきます。

「自分で自分が愛せなくても、イエス様は愛しておられることが分かる」

「自分は自分を許せなくても、イエス様は赦しておられることが分かる」

それらが、実感として分った時、ペテロは癒されたのです。

罪や罪責感から、解放されたのです。(後に聖霊に満たされて、強められました)

 

イエス様との関係が回復すると、

更に不思議なことがおきます。

愛されたことが分かる分、人に対する愛情が湧き上がるのです。(ペテロは生涯、自分の使命を果たしていきました)

 

人との関係が良好になると、

人を愛した分、良い反応が返ってきます。それが生きる上での、充実感や力になるのです。

 

ネヘミヤ8:10に

「主を喜ぶことは、あなた方の力です」とありますが、

「主を愛すること」も、力となるのです。

主を愛すると、主の喜びの中に入ることができるからです。

 

私は、「イエス様を愛すること」が、人生の一番の基本だと思っています。

それは、愛し易い時だけではなく、むしろ誤解されたりややこしくなってしまった時こそ、

イエス様を愛し、イエス様から愛を頂くと、周りの人を愛する心が湧き上がるのです。

(だから常に「イエス様愛します」と告白します)

 

周りの人を愛していくと、必ず良い結果が起こります。

それらが、「生きる力」につながるのです。

 

イエス様を愛し、隣人を愛することは、生きる上での「最重要課題」です。

祝福をお祈りしています。

 

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自分の思いと「真逆」の方が、最善ということがある。

今回は、「自分の思いと『真逆』の方が、最善ということがある」を考えていきます。

 

「自分のの正しさ」に執着することは、危険です。

一度決めた方針を大切にするのは、初志貫徹で素晴らしいことですが、

新しい情報が入っても、

融通がきかず、執着し突き進むならば、おかしな方向に進みます。

 

聖書を読むと、イエス様は時に、後ろから語られて、

「そちらではない。こちらだ。わたしを見なさい」と語られることがあります。

黙示録1:10-11

「私(ヨハネ)は、主の日に御霊に感じ、私の『うしろ』にラッパの音のように大きな声を聞いた。

その声はこう言った、、、。」

 

私たちは、物事を能率良く、上手く進めたいと考えます。

できれば、失敗はしたくありません。

だから、計画し熟考します。最善を考えます。

 

しかし、今見えている情報がすべてではないのです。

新しい情報が入ったならば、「真逆に向かう」ことも有り得るのです。

 

ですから私たちは「正しさへの執着」を克服する必要があります

そのために、イエス様を信じる「聖書信仰」は非常に役立つのです。

 

①自分の正しさよりも、上位の価値観を持つこと。

「自分が一番正しい」と考えることは、危険です。

聖書では、自分が正しいと考えることは、「偶像」であり、「自分を神」とすること、と教えます。

自分が神ならば、一番ですから、他人の言葉を聞きません。

 

しかし良く考えれば分かりますが、私は神ではありません。

(もし、その立場に立ったなら、プレッシャーで一瞬で潰れてしまうでしょう)

 

実際、「神の立場」に立たない方が簡明です。

創造主にすべてをお任せして、一人の被造物(人間)として、その下に仕えていた方が、何百倍も楽で、平安が保たれるのです。

(それが、本来の姿です)

「上位の価値観」を受け入れることができたならば、

「自分の正しさ」を越えることができます。

 

②聖書をよく読むこと

よく取り上げる聖書です。

ヨハネ10:27 「わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます。」

 

「良い神様の声」を聞き分けるには、

その言葉を聞き続けて、慣れるしかありません。

 

もし、本当にイエス様の声を聞いて「助けて頂きたい」と願うならば、

そのお声を聞き続けることです。

 

毎日聖書を読むことをお勧めします。

本になっている聖書を読むのが一番宜しいですが、

検索すれば、アプリやサイトでそれを助けてくれるツールも、たくさんあります。

それらも助けになります。

(ただし正統的でない団体もありますので、その点はご注意下さい)

 

気をつけないといけないことは、

「聞いてはいけない言葉」があることです。(これも、聖書を読む中で見極められます)

1ペテロ5:8 「身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。」

 

後ろから語られる言葉が、確実に「イエス様の語りかけ」である必要があります。

それを見極めるために聖書を読むのです。

イエス様がどういう方かを、出来るだけたくさん知るのです。

 

良く言われますが、

ふっと心に浮かんだ言葉には、

三つあります。

○自分の思い。

○イエス様の思い。

○悪魔(悪霊)からの思い。

 

それを見極めることができたならば、人生は非常に楽になります。

「良い、大切な言葉だけ」を選ぶことができるのです。

 

戦いをする時、「参謀本部」が大切です。

「良い戦略」を選ぶことができれば、戦いは勝利しやすいのです。

 

箴言3:5 -8

「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。

あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。

自分を知恵のある者と思うな。主を恐れて、悪から離れよ。

それはあなたのからだを健康にし、あなたの骨に元気をつける。」

 

「自分の正しさ」を乗り越えて、柔軟な発想で、「最善の選択」ができますように、

「上からの助け」を頂けますように、

祝福をお祈りしています。

 

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「イエス様の語りかけ」を聞ける恵み

クリスチャンは、自分がなりたくてなれるものではありません。

イエス様からの「個人的な語りかけ」を聞いて、信仰を持てるのです。

 

自分から求めて信仰を持った人も、実は「語りかけ」を聞いています。

イエス様の語りかけです。


ヨハネ15:16 「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。」

 

イエス様の選びが、「まず最初」なのです。

「選ばれている人」は、イエス様から「覚えられて」いますので、

必ず「語りかけ」を受けます。(感謝なことです)

 

しかし残念ながら私たち人間は、基本的に「目が曇って」います。

そのため、語りかけにまったく「気がついていない」ことが多いのです。

又は無意識になんとなく、行動していることも多いのです。

(自分で選んでいるようで、いくつかの目に留まったものの影響で、選ばされていることも、多くある のです。人為的にそのテクニックを使って人を誘導する悪人も、いるほどです。イエス様は良い方ですから、安心ですが、、、)

 

イエス様の復活後の「弟子たちの様子」を通じて、

「イエス様の語りかけに気がつくプロセス」を考えていきます。

 

①身近におられていても、「気がつかない」

弟子たちは、イエス様の十字架の後、イエス様が亡くなったと考えて失望していました。(目が曇っていました)

イエス様が事前に「三日後に、復活する」と言われていましたが、信じることができませんでした。

今回は聖書箇所を列挙しませんが、

すべての箇所で、

弟子たちは皆、最初はまったく気がつかなかったのです。(ヨハネ20-21章、ルカ24章等参照)

 

②それでも「イエス様が近づき、語りかけて」くださった

失望し、イエス様が近づいてくださっても「気がつかない」弟子に、

それぞれの場所で、イエス様は「語りかけ」てくださいました。

しかし彼らは、イエス様と気がつかずに「会話をしていた」のです。

 

③ある瞬間に、「イエス様の語りかけだ」と気がつく。

弟子たちの状況によって十人十色ですが、

会話をしているどこかのタイミングで、弟子たちは「ハッと」気がついたのです。

目の前の語りかけの主は、「イエス様なのだ」と。

 

すると、「喜び」が湧き上がりました。

「感激」で言葉が出ませんでした。

私を愛してくださるお方、

天地を造られた王の王であるお方が、

「私を見て、私のことを考えてくださる恵み」の「大きさ」を実感できたからです。

 

これを「知識だけ」で理解しようとしても、分かりません。

イエス様からの語りかけは、実際のところ、体験です。

これを読まれている方で、実際に「イエス様からの語りかけ」を受けている方は、

はっきりと理解できると思います。

その人はすでにクリスチャンです。(またはクリスチャンになる人です)

 

「そうあったらいいな」と思われる方ならば、

その方も、語りかけを受けている方である可能性があります。

またぼんやりとしか「感じられない」段階なのです。

ですから、これから「はっきりわかる」ことを期待したら宜しいかと思います。

 

知識だけで信じたと思っている人は、よく吟味する必要があります。

信じていると自分では思っていても、イエス様と「まったく関係がない」生活をしている人がいるのです。(実はこのことは「非常に恐ろしいこと」なのです。マタイ7:23参照)

 

イエス様を信じることは、知識だけではありません。

イエス様と「目と目を合わせるような体験」であり、「深い関係」です。

 

あなたがイエス様から選ばれた方ならば、次第にイエス様との関係が深まります。

大事なことは、

イエス様を意識して祈る(会話する)ことです。

そして、会話を通じて、関係が深まったら、応答することです。(自然に行動が変わるはずです)

 

そして応答することによって、ますます見える景色が変わり、

生き方考え方が変わります。

 

イエス様についていくと、人生の冒険が始まります。

自分を大切にし、人を愛し、神様に感謝をしながら生きる生活に、

(自然に)なっていくのです。

自分の理解を超えた素晴らしい、人生を歩み始めるのです。

 

イエス様についていく人生は、素晴らしいです

 

ヨハネ10:27-28

「わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます。

わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。」

 

祝福をお祈りしています。

 

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