人生相談〜聖書、イエス様を信じる立場から

世界のベストセラー聖書の価値観から、生きるを考えます!(モノの見方が変わると、とても楽になります)

未来に希望が持てません。どう考えて、今後を生きたらいいのでしょうか。

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28歳の男性です。会社では総務に勤務しています。コロナの影響で会社の実績は良くありません。食品関係なのでつぶれることはないとは思いますが、給料も下がり、先が見通せません。未来に希望が持てない状況です。どんなふうに考えたら良いでしょうか。

 

ご質問をありがとうございます。

日本医師会会長が、11月11日の記者会見で、現在の状況を「コロナ第三波」と言われました。春から始まったコロナの影響は、11月の現在、ますますジワジワと忍び寄ってきています。この大きな波から逃げることができる人は、一人もいません。

我慢も限界と感じている人も多いはずです。それは目に見える経済的なことだけでなく、目に見えない精神的なことも含め、「もう限界」と感じている人も多いと思うのです。

精神的に「擦り切れている」状況で、目に見える「不安な状況」を見ると、人は「どうしたら良いか分からなくなる」ことがあります。

 

一緒にしばらく考えていきたいと思うのです。

きっと質問者さんは、転職等も視野に入れているとは思います。(今すぐでなくても)

しかしここでは、質問者さんが書かれているように「どんな風に考えたら良いか」に焦点を絞って「精神面」にフォーカスしていきます。

心が落ち着き、穏やかに周りを見ることができた時、最善の選択や判断ができると、私は信じています。

(パニック、混乱の時には「大きな決断はしない方が良い」と言われます。…そのことは覚えておいてください)

 

それでは、一緒に考えていきましょう。視点が変わると随分と楽になるものです。

今回も三つに絞っていきます。

①人生は「与えられたものだ」と考えること。

②必要なものは「準備されている」と受け止めること。

③「覚悟して」目の前の物事に当たること。

 

①人生は「与えられたものだ」と考えること。

山登りを考えてみたい、と思います。

「目指す山」を見つけ、山道を歩き始めます。

すると、「遠くから見た時」と「違った景色」だと気がつきます。

登山中に思わぬ、にわか雨に遭遇することもあるでしょう。

しかし山頂を目指す者は、それらを乗り越えなければなりません。

 

しかし考えてみると・・・

「山」は自分で造った訳ではありません。

もともとあったのです。

「歩ける」という健康(命)も同じです。

登山ができる体力は、身体のメカニズムがほぼ順調に動いて、はじめて保てます。

当たり前だと思っていても、実は免疫システムが少し故障するだけで、体力も気力も崩れてしまうのです。

また、「この時代に生まれた」ことも、実は自分の力ではありません。

与えられたものです。

もし100年前なら車も道もないので、山に近づけなかったかもしれないのです。

(無理やり考えさせようとしている、と思わないでくださいね。視点を変えるためのものです)

 

自分で頑張ってきたと思っても、

実際は「与えられた状況の中で、選択してきた」と考えた方が正確です。

「会社」のことを考えれば、あなたを採用してくれた人がおられたでしょう。

あなたを認め、引き立てて下さった方がおられると思います。

それらの方々のお膳立てがあってで、あなたは頑張ってこれたのです。

(あなたの頑張りを否定する訳ではありません)

 

実は「自分だけでやってきた」と考えると、

考えに「ズレ」が生まれます。すなわち「高慢」になります。

そして「こんなに頑張っているのだから」「もっと自分を認めるべき」と、

無意識のうちに、「周りに要求」をするのです。

 

「人の恩」は当たり前で、「自分の要求」だけを主張してしまいます。

(心の奥で思っていることは、恐ろしいことに、どこかで必ず出てきてしまうのです。…お酒の席や、追い詰められた時に、その人の本音が出た時、人はそのことをしっかりと覚えているものです)

人間は皆、自己中心で、罪深いのです。

 

ですから、感情にごまかされずに、両目でしっかりと、自分と環境を「冷静に分析する」必要があります。

『自分だけで生きている』のか『生かされているのか』

『自分が環境を作った』のか『与えられた環境』なのか。

自分の「立ち位置」をはっきりさせることが、重要です。

それによって、あなたの「考え方」が定まります。

 

現実が「良く見えてくる」と、「横柄な態度」が取れなくなります。

「感謝の心」が湧き上がるのです。

会社に「感謝」、同僚に「感謝」、

私のブログで、何度かお書きしていますが「感謝のメガネ」です。

「感謝のメガネ」で周りを見ると、「感謝するもの」が見えてきます。

すると、考え方も変わり「気持ちが穏やか」になります。

(やってみてください。必ず効果があるはずです)

 

さて「与えられたもの」と言いますが、今の環境は誰が与えてくれたのでしょうか。

会社でしょうか、家族でしょうか。

確かに人間によって与えられました。

しかしその先は……

理屈で考えれば、最後には「人間を越えた存在」に行き着きます。

(説得している訳ではありませんが……)

 

人間は本当に苦しくなると「神様」と、多くの人が叫びます。

自分を「守ってくれる神様」「助けてくれる存在」です。

あなたは、そういう「自分を越えた存在」を認めますか。

 

 

②必要なものは「準備されている」と受け止めること。

 

エペソ(新約聖書)
2:10 私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。

 

聖書には、私たち人間は、創造主によって造られた、と記されています。

(創造主とは、この世界を造られたお方のことです)

そして、私たちは「神の作品」であり、神様は「良い行い」も備えられている、というのが聖書の言葉です。

 

つまり、必要なものは、すでに「準備されている」という意味なのです。

そう考えると、楽になります。

「準備されているもの」を見つけさえすればよいのです。

 

今日、朝日新聞の10月31日の記事に目が留まりました。

「なぜ星付きシェフの僕がサイゼでバイトするのか?」(村山太一著、飛鳥新社)

 

東京の目黒でイタリアンレストランオーナーシェフをしている村山さんは、

2015年経営が上手くいかなかった時期に、売り上げ国内一位のイタリアンチェーン「サイゼリア」にアルバイトをし始めました。

そのきっかけは、友人の「全く違う世界を経験すると視野が広がるよ」という助言だったと言います。

しかしそこで、大きな発見をしました。

サイゼでは、まず事業計画を立てて、原価や人件費を逆算して、料理の値段を決めていくのです。制約の中で、いかに人の心を動かすかを緻密な戦略を組み立てていたのです。

 

今までの村山さんは「シェフの造りたい料理」を定め、最高の一皿でお客さんを喜ばせるという職人的な発想だったそうです。

そして客足が減ると「競合店ができたからだ」と言い訳をしていたそうです。

 

しかし経営感覚を身につけた後は、厨房の食器洗いの方法や食材の調達方法を精査し、利益率を上げたそうです。そしてコロナ禍の中でも、スタッフの発想で「パスタ通販」の新事業を立ち上げ、その部門は最初から黒字になっているようです。

 

村山さんは「環境の変化を悲観することなく、新しい何かに飛び込むきっかけにする。それしか生き残る方法はない」と言っておられました。

 

私は、この記事を読みながら「必要な例話が、準備されていた」と思いました。

村山さんは、「友人のアドバイス」を聞いて、それを「実行して」みたのです。

そしてその経験と知識をもとに、「次のアイディア」も「実行して」いったのです。

 

多くの成功者の本を読むと、何げない出会いや言葉から「ヒントを得て」、「実行していった」姿を読み取ることができるのです。

 

「必要なものは準備」されており、後は「歩むだけ(実行するだけ)」と考えると

ずいぶん楽になります。

 

「創造主に与えられた人生」

「必要なものは準備されている」

後はそれを「見つけるだけ」です。

 

 

③「覚悟して」目の前の物事に当たること。

「働かざる者食うべからず」ということわざがあります。

聖書にも同じ意味の言葉があります。


Ⅱテサロニケ(新約聖書)
3:10 私たちは、あなたがたのところにいたときにも、働きたくない者は食べるなと命じました。

 

食べたい(生活したい)と思う者は、「働かなければ」なりません。

つまり、生きる上では「覚悟して」すべきことをするように、という意味なのです。

 

いくら、「良いアイディア」が与えられても、「何もしなければ」、物事は前進しません。

やるべきことから「逃げていても」解決は遠のくだけです。

 

「覚悟をする」のです。

 

私のことを息子のように可愛がって下さっている、愛知県在住のクリスチャンご夫妻がいます。

ご主人は自営をしていましたが、60歳を過ぎた時に、諸事情でお店を閉じられました。

そして生活の為に、道路工事の臨時警備のアルバイトを始められのです。

久しぶりにお会いした時に、日に焼けて真っ黒になっていましたが、

以前と同じ、穏やかな表情で、私のことを心配して下さっていました。

「いつも祈っていますよ」と言われた表情には、優しさと共に芯の強さを感じさせられました。

 

60過ぎて、お店を自営をされていた方が、熱い夏に外でアルバイトをされることは大変なことだと思います。

人によっては、プライドが傷つく方もいるかもしれません。

しかしご主人は、いつもと同じ表情でした。「自分がすべきとこと」と受け止めて

黙々と仕事をしておられたのです。

そこには「覚悟」がにじみ出ていたように感じました。

「これが神様から導かれた仕事だ」と受け止めている人は、強いのです。

 

 

あなたの周りには、今どんなことが起こっていますか。

「神様が導いておられる道」ならば、進んでいくことができます。

しかしまだそれが見えていないならば、

「今すべきこと」を、コツコツとしていきましょう。

その中で、「必要なもの」「準備されているもの」を見つけるのです。(まずそこから始めましょう)

 

もし自分で「すべて」を切り開かなければいけないならば、

プレッシャーは半端ではありません。

「先も見えない中」では、気力も希望も失せてしまいます。

 

しかし「与えられた人生」ならば、

「すべきこと」を「見つけさえすれ」ば良いのです。

「覚悟」を持っていさえすれば、前に進むことができるのです。

 

 

【最後に・・・】

もし、あなたのことを心配して下さる、アドバイザーがいて下されば、非常に助けになります。(人生の経験を積んだ方がふさわしいです)

 

最初の山登りの話に戻ります・・・

あなたが「どんな山」に登ろうとしているのか、あなたの「目の前の道」にはどんな問題があるのか。

それらを冷静に見て下さるアドバイザーは宝物です。

 

エベレスト山に登る時は、現地のガイドを雇います。

それは「必要だから」です。

命を落とすかどうかの瀬戸際は、「ガイドのアドバイス」によって変わることがあるのです。

 

きっと必要な時には、そのような人を「神様は備えて下さる」と信じます。

(私の困難時も、そういうことが何度も起こりました)

 

一度、ご自分の置かれている環境を、心を落ち着けて、思い巡らせてみて下さい。

(そのためには、日常を離れ、山に登ったり、自然に触れたりする、リラックスできる場所を確保することも有益です)

 

①人生は「与えられたものだ」と考えること。

②必要なものは「準備されている」と受け止めること。

③「覚悟して」目の前の物事に当たること。

質問者さんの見方を少しでも、広げることができたなら、今よりも落ち着いて現状に対応することができるようになると信じます。

応援しています。

またご質問があれば、お伝えください。

祝福をお祈りしています。

良い一日をお過ごしください。

 

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