人生相談〜聖書、イエス様を信じる立場から

世界のベストセラー聖書の価値観から、生きるを考えます!(モノの見方が変わると、とても楽になります)

職場に「思い込みの強い」同僚がいます。***お答えその5

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今回は、③「利益を得ようとする人」の心理、の中で、

a「自分の打算で生きる人」について考えていきます。

しばらくお付き合い下さい。

 

先回、人間は「自分の価値観(理性や感情)」によって、

「何を見るか」を無意識に「選んでいる」ことに触れました。

 

「傍目八目(おかめはちもく)」という言葉があります。

碁で当事者よりも、横で見ている人の方がより客観的に見れる。(8目分ハンディをつける程)という意味です。

必死になっていると、一点に集中し過ぎて、相手のことが見えなくなるのです。

自分のことばかり見てしまって、「相手の立場で考えられない」のです。

 

「相手の立場で考えられない」つまり「相手の戦略が分からない」と戦いでは負けてしまいます。

クリスチャンで将棋棋士の加藤一二三さんは、対局中に相手が席を外した時、よく相手の側に立って盤面を見たと言います。そうすると「思いがけない手を思いつく」と言うのです。

いわゆる「伝家の宝刀、ひふみんアイ」です。

 

何を申したいかというと、「相手の立場に立って」考えられる人は、

「戦いに勝利しやすい」(問題解決をしやすい)のです。

反対に「自分のことしか」考えられない人は、

「負けてしまう」(問題を解決できない)のです。

 

質問者さんの職場におられる「Cさん」は、

きっと「自分のことしか」考えていない人ではないでしょうか。

 

「自分の打算(利益)」だけを考えているので、

「他の人の利益」に気がつかないのです。

見えていても「見ようとしない」ので、

びっくりするような「自己中心的な発言」ができるのです。

 

それは、「他人の利益は関係がない」「自分の利益だけが通ればいい」

と思っているからです。

 

心理学では、

「自己中心性のバイヤス(偏り)」、と言います。

この偏りを持っていると、

「相手のことが分からない(他者への共感不全)」

「内省ができない」

と言います。

 

強い偏りを持っている人は、説得しても変わりません。

「自分の利益」にしか意識がいかないので、

他をすべてを無視できるのです。

 

次回、③「利益を得ようとする人」の心理、

b「自己中心のプライド」について考えていきます。

 

祝福をお祈りしています。

 

箴言(旧約聖書)

26:11口語訳
犬が帰って来てその吐いた物を食べるように、
愚かな者はその愚かさをくり返す。

As a dog returns to its vomit,
so fools repeat their folly.
(Proverbs 26.11)

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職場に「思い込みの強い」同僚がいます。***お答えその4

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今回は、③「利益を得ようとする人」の心理、を考えていきます。

つまり「正しい情報」を「拒否する心」を考えます。

また併せて「どうして思い込む」のかを考察したいと考えています。

 

それでは質問者さん。一緒に考えていきましょう。

 

私たち人間は、「物事を見る時」には、カメラのように見る訳ではありません。

感動的な写真を撮った時に、画像を確認して「あれっ」と思ったことはありませんか。

 

私は、先日スマホで月を撮りました。撮った後で画面を確認してみると、夜景モードで撮ったので、きれいには撮れているのですが、今見ている「感動の月の輝き」とは別の「なんだか当たり前の月の姿」が映っていました。

 

肉眼で見る時には、「脳」で自動的に情報を「取捨選択」しています。

意識しているものを強調し、それ以外は消してしまうのです。

つまり「見えているものも、見えていない」のです。

 

同じことが、「物事を見る時」にも起こります。

同じ景色を見ていても、

「見たいもの」を見て、「見たくないもの」は見ていないのです。

「無くしもの」を探すときに、よく似ています。

「目の前」に置いてあっても、「無い無い」と言って、気が付かないのです。

 

人は自分の頭の中で、「理性や感情」で、「何を見る」かを決めています。

「頭の中の価値観」(基準)が重要なのです。

 

広い視点を持っている時には(余裕のある時には、または心が穏やかな時にはと言い換えても良いかもしれません)

「愛情」や「責任」や「公のルール(法律)」等・・・を基準にして、

見るものを選ぶことができます。

 

しかし視野が狭くなっている時には(追い詰められている時、心が酷い感情で一杯になっている時等など)は、

「自分の打算」や「自分中心のプライド」や「自分の正義」等・・・を基準にして見るものを選んでしまうのです。

 

「自分の打算」で見れば、「得をするもの」は見えても「損をするもの」は無視できます。

「自分中心のプライド」で見れば、「自分のプライドを満たすもの」は見えても、「自分のプライドを傷つけるもの」は無視します。

「自分の正義」で周りを見るならば、「自分の正義に合ったもの」は取り入れますが、「自分の正義を否定するもの」は、あえて無視するのです。(恐ろしい程です)

 

いろいろな事例を見ていくと、

「人間とはここまで歪んでいるのだ」とため息が出る事例も多くあるのです。

(それは、人だけでなく、自分自身にも当てはまります。ですから私たちは気を付けて、「自分はどのような基準」で物事を見ているのかを意識的に「考える」必要があるのです)

 

今回は、③「利益を得ようとする人」の心理、の導入です。

次回から、a「自分の打算」、b「自分中心のプライド」、c「自分の正義」。

それぞれを基準にして物事を見る「心理」について分析しつつ、一緒に考えていきたいと思っています。

 

祝福をお祈りしてます。


箴言(旧約聖書)
11:1 欺きのはかりは【主】に忌みきらわれる。正しいおもりは主に喜ばれる。
20:23 異なる二種類のおもりは【主】に忌みきらわれる。欺きのはかりはよくない。

20:17 だまし取ったパンはうまい。しかし、後にはその口はじゃりでいっぱいになる。

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職場に「思い込みの強い」同僚がいます。***お答えその3

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今回は、「自分を愛し過ぎる人の問題」を考えます。

先回は、②「感情的になる人」の心理を考えましたが、

その補足です。

 

「自分を愛し過ぎる人の問題」

すなわち、不健全な「自己愛」の問題に注目します。

 

自分を愛する(受け入れる)ことは、とても健全で大切なことです。

「自己愛」は大切です。しかし「不健全な自己愛」はトラブルの元です。

 

「健全」か「不健全」かの違いは、

「愛されていること(受け入れられていること)」を実感しているか、していないかで変わるのです。

 

「自分が愛されている(実感)」から、「自然にできる(行動)」と、

「自分が愛される」ことを「確認する(行動)」とは、

「同じ行動」でも、「天」と「地」ほどの違いがあります。

 

以前、加藤諦三氏の「まじめで得をする人、損をする人」を読んだことがあります。

「まじめで得をする人」は、認められる認められない関係なく「自分の生き方」として「 まじめを貫く人」です。そういう人は、人からの信用を得て「得をする」のです。

 

しかし「まじめで損をする人」は、認められるために「努力して要求に合わせる人」です。

そういう人は、認められるために、我慢して相手に合わせ、「損をする」のです。

(確かにそうだと思います)

 

繰り返しになりますが、

「自分自身を受け入れている人」は「健全」ですが、

「自分自身を受け入れていない人」は、どうしても「不健全」になってしまうのです。

これは実体験からくる反応(行動)ですから、演技ではカバーできません。

 

そのため「健全に行動」するためには、

「自分自身を受け入れている」という実感が必要なのです。

そのためには、どうしても「体験」として「自分が人から受け入れられている」という実感が必要なのです。

(これについては後でもう一度触れます)

 

前回紹介した、イエス様の言葉です。

マタイの福音書 22:39 (新約聖書)
「第二も同じように重要で、『自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい』という戒めです。」

 

実はこの直前には、「第一の戒め」をイエス様は言われています。

それは、神様との健全な「愛情関係」についてです。

 

マタイの福音書 22:37-38
イエスはお答えになりました。「『心を尽くし、たましいを尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』 これが第一で、最も重要な戒めです。

 

この宇宙を造られた創造主を「愛し」、「全存在を愛されている体験」をする時に、

自分を「健全に愛し」、隣人も「健全に愛する」ようになれると、いうのです。

 

ですから「絶対的な存在」に、「全存在を受け入れられている」という実感が、必要なのです。

これは本来、親子関係を通じて体術するものなので、聖書は親子関係の大切さを語っています。

 

エペソ6:1-3(新約聖書)

「子供たちよ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことだからです。あなたの父と母を敬え。」これは第一の戒めであり、約束を伴ったものです。すなわち、「そうしたら、あなたは幸せになり、地上で長生きをする」という約束です。」

 

本題に戻ります。

「自分を愛し過ぎる」問題です。

「自分を愛し過ぎて」「他人を受け入れない」とは

先回書いたように、本来「有り得ない」のです。

(自分への愛と、人への愛は比例するという観点で)

ではどういうことかと言うと、

「自分自身の好きなところ」は愛して、「他人の好きなところ」も愛する。

「自分の中の気に入らないところ」は無視して、「他人の気に入らないところ」は徹底的に攻撃する。

そのような理屈が、(無意識であっても)、心の中で起きているのです。

 

「自分の中の気に入らないところ」は無視して、「他人の気に入らないところ」は徹底的に攻撃する。

これが、自己中心性の「根っこ」にあるものです。

(これは、自分の「一部の良い部分」しか受け入れていない。つまり本当の意味で「自分を愛していない」ことになります)

 

そのような、歪んだ「自己愛」が、

自分の意見だけを主張し、人の意見をまったく聞かない、

すなわち「思い込みが強すぎる」原因の根本にあるのです。

 

「聖書の言葉」は、「鏡」のようです。

読むと自分が照らされます。

鏡に映った自分を、正直に受け入れられるかどうかで、

その人の「進む方向」が自然と決まるのです。

 

マタイの福音書 22:39 (新約聖書)
「第二も同じように重要で、『自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい』という戒めです。」

 

祝福をお祈りしています。

 

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職場に「思い込みの強い」同僚がいます。***お答えその2

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今回は、分析(お答え)のその2です。

質問者さんの職場に「Cさん」という女性の同僚がおられます。

その方は、思い込みも自負心も強い方で、

同僚が色々な助言をしても、頑なに自分の意見を主張し続け、陰では人の悪口を言い続けているようです。そのため、職場で問題になっているということでした。

 

質問者さんの文章から、

Cさんの特徴の可能性として、以下の3点を考察してきました。

①「自分が正しいと思い込む人」の心理。

②「感情的になる人」の心理。

③「利益を得ようとする人」の心理。

その後、解決の「ヒント」を模索する予定です。

 

先回は、①「自分は正しいと思い込む人」の心理、を分析しました。

Cさんは、とてもプライド高い可能性があります。

特に不健康なプライドの場合、やっかいです。

「自分を認めさせる」ことで「自分のプライド」を守ろうと自己主張する人は、

「人の意見を受け入れること」は負けであり、

「自分の意見を認めさせること」で、自分の存在価値を計ろうとします。

そのため「いかなる手段を使っても」自分の意見を認めさせるのです。

それが「思い込みが強い」につながることを、考察しました。

 

今回は、②「感情的になる人」の心理、を取り上げます。

「感情主義」という言葉があります。

人間の精神の中で、感覚・感情・情緒の働きを(知性・理性や意志よりも)重視する考え方です。

感情主義も、健康的でバランスが取れていれば良いのですが、

「不健康な感情主義」は、問題です。

いくら正しいことでも、自分の「気が乗らなければしない」となれば、上手くいかなくなります。

 

質問者さんのお話をお聞きすると、

Cさんは、悪い不健康な「感情主義」のように見受けられます。

「気が乗らなければ」しないのです。

正しいことでも、「気が乗らなければ」、聞きたくないし、したくもないのです。

そうなれば、「人の忠告」も、

聞かなくてもよくなってしまいます。

(結果、思い込みも更に強くなるのでしょう)

 

「逆ギレ」する人、の心理というものがあります。

人から自分の問題を指摘された時、「私の方がもっと大変なのよ」と、

切れる(感情的になる)ことによって、相手の非難を「帳消し」にしようとする心理です。

物事の重大さを「理性的」に判断するのではなく、「感情の大きさ」で判断するのです。

そうなれば、いくら「重要なこと」でも、自分が「大きく気分を害されたら」しなくてもよくなります。

当然ですが、これはとても不健康です。

(悪い感情主義の例です)

 

Cさんの「心の奥」を考えていきます。

 

イエス様の言葉に、

マタイの福音書 22:39 (新約聖書)
「第二も同じように重要で、『自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい』という戒めです。」

があります。

とても深い言葉です。

 

「自分を愛する」ように「隣人を愛する」とは、

自分への愛(自己受容)と他人への愛(他者受容)は、比例するということです。

つまり「自分を愛せる」人は、「人を愛せる」のです。

そして「自分を愛せない」人は、「人を愛せない」のです。

 

前後を逆にすれば、真実が見えてきます。

「人を愛せない」人は、「自分を愛せない」のです。

「人を受け入れられない」人は、「自分を受け入れられない」のです。(実際は)

 

Cさんの感情主義を今、考えようとしています。

Cさんが、感情に任せて「人の意見を聞かない」(受け入れられない)ということは、

実は「自分を受け入れていない(自分が嫌いな)」可能性があります。

 

心の底では(自分では普段は気がつかないかもしれないですが)、

「自分のことはどうなっても良い」

「自分は大切でない」

と思い込んでおられる可能性があるのです。

 

これはもの凄く矛盾しています。

自分の意見に「過剰に執着」して、人の意見を聞かない人が、

実は「自分なんかどうなっても良い」と自己破壊的に考えている可能性があるのです。

 

ここの部分、「心の深い闇の部分」は、聖書の専門分野です。

折にふれてそのメッセージを解説したいと思います。

 

私たちの「感情」は大切です。

しかし、不健康な「感情主義」は、自分と他人を不幸にします。

 

自分を愛し、他人を愛する……このことを身につける必要があります。

人との「良い関係」は、実は「自分次第」なのです。

 

イエス様の言葉

ルカ6:38(新約聖書)

与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。

 

今回は、②「感情的になる人」の心理、を取り上げました。

祝福をお祈りしています。

 

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職場に「思い込みの強い」同僚がいます。どう対応したら良いでしょうか。

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職場に「思い込みの強い」同僚(女性)がいます。

感情の上がり下がりが激しく、時々「思い込み」で感情的になることがあります。

「自分はいつも正しい」と思い込んでおられるようで、

周りが「それはこう言う事情で」と説明しても、「自分なりの正論」を言い続けて聞こうとしません。

特に「自分の利益」に関わることには、執着が激しく、主張を譲りません。

そして他を陰で徹底的に批判するので、職場ではかなり問題になっています

どう対応したら宜しいでしょうか。

 

ご質問をありがとうございました。

思い込みが激しく、周りの人の意見を理解しようとしない、同僚がおられるとのこと、大変ですね。

今回も、一緒にその方(Cさんと呼ばせて頂きます)のことを考え、その解決策を模索したいと思います。

 

人は誰もが「自分の考え」を持っています。

そして、自分が「目や耳にした情報」で「判断」します。

すべてを知ることはできませんから、当然「思い込み」が発生します。

「また見間違い、聞き間違い」もありますから、さらに「思い込み」が生まれる可能性が出てきます。

これは「人として当然」のことです。

 

しかし、普通は、「新しい情報」を聞くと、自分の考えを「修正」します。

Cさんは、そこが上手くいっていないように思われます。

 

今回の質問者の文章から、以下の3つを考えました。

①「自分が正しいと思い込む人」の心理。

②「感情的になる人」の心理。

③「利益を得ようとする人」の心理。

それぞれ分析し、

「正しい情報」を「拒否する心」を考えます。

そして「どうして思い込む」のかを考察したいと考えています。

その後、解決の「ヒント」を模索したいと願っています。

 

①「自分が正しいと思い込む」心理。

質問者さんの文章から、Cさんは「プライドが高い」ように思われます。

「健在なプライド」は、「自分を支える力」になります。

しかし「不健全なプライド」は、「執着心」となります。

つまり「自分の意見が否定」されると、「自分自身が否定」された様に感じてしまうのです。

 

こうなるとその人は、自分の意見が間違っていても、引っ込みがつかなくなります。

「自分の意見に否定」=「自分の否定」ですから、

自分の意見が間違っていても、自分の正しさを主張するのです。

あらゆる理屈を使って(へ理屈でも)、言い続けるのです。

 

本人はそれに、「気がついている場合」と「気がついていない場合」があります。

気がついている場合は、確信犯です。

(頭の回転が速い方が多いです)

意図的に、(相手が正しい間違っている関係なく)言い負かしてきます。

 

「気がついていない場合」は、頑なになります。

いくら説得されても、自分の正しさを譲りません。(理屈を越えての思い込みです)

 

では、どう対応したら良いかというと

これがなかなか厄介です。

一応、①②③をすべて分析した上で、

解決策を模索しますので、しばらくお待ちください。

次回、②を分析していきます。

 

箴言26章(旧約聖書)は、「愚かな人への対応」が描写されています。

(後日、解説します)

4 愚かな者には、その愚かさにしたがって答えるな。あなたも彼と同じようにならないためだ。

5 愚かな者には、その愚かさにしたがって答えよ。そうすれば彼は、自分を知恵のある者と思わないだろう。

 

祝福をお祈りしています。

 

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(解決策4)後輩に「いつも嘘をつく」人がいます。****お答え7

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今回7回目は、最後に「対決する覚悟」について考えて、質問の解答を終えたいと思います。

先回6回目は、「共通の目標を定めて、仕事をする」と言うポイントで一緒に考えてきました。

「対立して争う」ことは、得策ではないと指摘をしました。

「対立」すると、相手は「防御」をすることになるため、心を閉ざしてしまい「アドバイスを聞くことが難しくなる」と論を進めてきました

 

しかしこれは、相手がある程度「共通の目標」を立てることに同意している場合です。

同じ目標を持っているならば、指摘もサポートも効果があります。

しかし、Bさんが、「共通の目標」に同意しなかったり、自己中心を貫いたり、反発している場合、

別な対応をしていく必要があるのです。

 

例えば、先回触れたBさんのミスが原因による「顧客のクレーム対応」の場合です。

「配送数」を間違えた訳ですから、

その事実を明確にし、謝罪をし、迅速に対応する…。

この一連の対応を、素早く誠意を持って対処する…そのことが初動では大切です。

言い訳や誰かのせいにすることは、問題外です。

もちろん「嘘」や「ゴマかし」など、もってのほかです。

 

Bさんが「解決に向かって」努力をしようとしている限り、

「対決姿勢」をとる必要はまったくありません。

 

視点は変わりますが…この時、失敗を失敗として「すいません」と言える「社内文化」を作ることは、

先輩の役割になることでしょう。

(失敗は必ず起こることで、大事なことは「失敗にどう対処するか」ですから)

細かいことを指摘して、ピリピリして「失敗を言い出せない」、

そんな雰囲気は無くしていくことも大切です。

(それを作り出せるのは、職場にある程度「責任を持った人」だけです)

 

その上で、

もし後輩Bさんが、自己保身から「言い訳」と言い続けたり、「嘘」を言い続けたとするならば、

対応を変えなければいけません。

 

「対決する」必要があります。

「共通の目標」を掲げつつ、相手を跳ね飛ばすぐらいの覚悟で、「指摘をする」のです。

いわゆる「喝を入れる」のです。

 

「対決する覚悟」を持っているのと、持っていないとでは、

確実に「結果が変わり」ます。

 

いつもは「優しくて」もここぞと言う時に「対決できる人」は、

「迫力」があります。

しかし反対に「優しく」でも「対決できない人」は、

実は「人とぶつかりたくない」だけの「弱い人」なのです。

 

本気で「解決したい」なら、「ぶつかること」を恐れてはいけません。

もしそのような状況に、質問者さんとBさんがなったならば、

「対決すること」が「Bさんのため」なのです。

 

最後に、「対決する時」の「心の姿勢」に触れて終えたいと思います。

それは、よく言われる。「叱る(しかる)」と「怒る(いかる)」の違いです。

「叱る」理性的であり、「相手のこと」を考えた行動です。

一方「怒る」は、自分の感情の爆発であり、「自分のことだけ」を中心に考えた行動なのです。

 

聖書の言葉です。

『怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。
悪魔に機会を与えないようにしなさい。』
エペソ4:26-27 (新約聖書)

「Be angry, and yet do not sin;
do not let the sun go down on your anger,
and do not give the devil an opportunity. 」
Ephesians 4:26-27

 

この聖書の言葉は、英語の方が分かり易いです。

人間ですから、瞬間「感情的になる」ことは当然あります。

(Be angryつまり「怒っても良い」のです)

しかし「その怒り」を「ずっと持っていてはいけない」のです。

(「怒ること」を戒めていません。「怒り続けること」を戒めているのです)

 

「怒り続ける」と、悪魔に機会を与えてしまいます。

「良からぬこと」を考え、「失言」をします。

礼儀に反することをし、下手をすると「先輩からのパワハラ」と言われることも有り得るのです。

気をつけなければなりません。

 

ですから対決する時も、私怨に走ってはいけません。

出来るだけ「冷静」に「愛情」でもって関わるのです。

(そのような気持ちでいると、良い「知恵の言葉」が口から出てきます。私はよくそのことを経験します)


箴言8:11(旧約聖書)

「知恵は真珠にまさり、どのような財宝も比べることはできない」

 

いろいろと書きましたが、

質問者さんが、愛情でもって、後輩Bさんに良い関わりができることをお祈りしています。

Bさんが、前向きに成長していかれることも、併せて祈っています。

 

豊かな祝福がありますように。

 

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(解決策3)後輩に「いつも嘘をつく」人がいます。****お答え6

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今回6回目は、解決策その3です。

「同じ目標を定めて、仕事をする」を一緒に考えたいと思います。

裏返せば「相手と対決しない」ということになります。

人間は、防衛本能がありますから、「攻撃されている」と感じると、基本的に「心を閉ざし」ます。

そして相手に「攻撃をし返し」ます。

これは、解決のためには、絶対に避けたいポイントです。

(色々な揉め事に適応できます)

今回は、「同じ目標を定めるコツ」を一緒に考えていきます。

 

今までの概略です。

後輩Bさんが「いつも嘘をつく」という課題を、質問者さんと一緒に考えてきました。

第1回目は「嘘をつくメリット」、第2、3回目は「嘘を正当化する心理」を分析しました。

第4回目からは、解決策を取り上げました。

 

先回5回目は、今後の戦略(方針)として、

Bさんの「嘘をつく考え方」を「使えないもの」として「諦めて貰う」

ことを確認しました。

 

今回最初に取り上げることは、第4回目に触れた、

「事実を事実として受け止めることが、一番良い方法である」

の続きとなります。

 

それでは始めます。

例えば、Bさんの、ある「ミス」によって「トラブル」が発生したとします。

例えば「配送数」を記入し間違えたとします。

きっとBさんは、「言い訳」を言うでしょう。

この時の対応を考えてみたいと思います。

 

「Bさんを責める」か「解決策を一緒に考える」かです。

ミスはミスとして、指摘をすることは、大切です。

(問題点を明確にしなければ、対処ができませんので)

しかし、人間は「ミスする存在」であり、

「失敗にどう対処するか」で、その人の力量(人間性)が問われるのだ、、、

 

もし、このことを意識して問題に対処するならば、

「責めるエネルギー」よりも「対処にエネルギー」を使った方が、

数段能率的だと判ります。

 

大事なことは、

問題が発生した時には、

「事実を事実として受け止める」ことが、

最も良い考え方であり、

「嘘をついて」「ゴマかす」ことは、何の役にも立たない、

むしろ「邪魔になる考え方」であることを、

Bさんに「体験的」に「判って貰う」ことです。

 

そのために、質問者さんは、

冷静である必要があります。

そして、Bさんと対決姿勢になりそうな時、

瞬時に「共通の目標」を定めるのです。

時には、共通の敵を定めることもあるでしょう。

(敵の敵は味方、と言う言葉もあるくらいですから、、、しかし敢えて敵をつくる必要はありませんが)

 

大切なことは、質問者さんが「Bさんの味方」にいつも立つことです。

失敗や落ち度が、明らかにBさんにあったとしても、

「解決のポイントを共有」して、「一緒に解決する姿勢」を貫くのです。

 

ある人が失敗をしました。

二人の上司がいます。

上司Gさんは、いつも徹底的に部下を責めてきました。

しかし別の上司Lさんは、問題点を指摘しながらも、一緒に解決策を考えてくれました。

その部下は、どちらの上司の言葉を聞きたいと思いますか?

当然、Lさんですよね。

 

上司Lさんのような対応をすれば、

問題が起き、解決する度に、上司と部下の信頼関係は深まっていきます。

しかし、上司Gさんのように責め続けたならば、問題が起きる度に、部下は上司が嫌いになります。

 

質問者さん、

トラブルが起きた時は、実は「最大のチャンス」なのです。

トラブルで、問題の「原因」を明確にし、

「一緒に解決」していくならば、

トラブルの解決だけでなく、Bさんの「嘘をつく悪い癖」も

正されていくと、信じています。

 

トラブル解決に「ゴマカシ」は「御法度」です。

(邪魔な考えです)

そのことを、Bさんに判って頂き、Bさんの「悪い癖」を、自分から悟って「捨てて貰う」のです。

 

質問者さんの役割は、

「事実を事実として冷静に指摘していくこと」

Bさんを「精神的にサポートすること」です。

 

この立場をいつも意識して下さい。

 

そのために、「共通の目標を定める」という視点は、極めて大切です。

愛情を持ちつつ、

時には冷徹に事実を指摘し、

仲間(チーム)として共通問題を解決する。

 

この視点を持って対応するならば、

良い方向に向かっていけると信じています。

 

祝福をお祈りしています。

 

箴言(旧約聖書)

15:22密議をこらさなければ、計画は破れ、多くの助言者によって、成功する。

 

11:14 指導がないことによって民は倒れ、多くの助言者によって救いを得る。

 

24:6あなたはすぐれた指揮のもとに戦いを交え、多くの助言者によって勝利を得る。

(是非良いアドバイザーになることをチャレンジしてみて下さい)

 

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