以前、会社の同僚に問題点を指摘した時、分かって貰えなかったので、その方の個人的な性格を、少し強く指摘をしました。そのことで、その方は私に「心を閉ざして」しまわれました。私に対して「よそよそしい」態度になりました。その直後に私は約1ヶ月の長期出張に出ました。帰ってきた後も、冷たい態度は続いています。仕事の関係で毎日会いますが、中々辛い雰囲気になっています。今後どんなことを心がけて、接したら良いでしょうか。良いアドバイスをお願いします。
ご質問をありがとうございました
仕事で顔を合わせる方との関係ですから、今の状況はお辛いことと思います。
問題が起きた直後に、質問者さんは長期出張に出かけられたということですから、直後のフォローが十分できなかったのかもしれません。
また、人はプライドがありますから、その方も、傷ついていたとしても「私は傷ついていない」と虚勢を張っている可能性もあります。
(そういう方の場合、「言葉」と「心」が違うので、問題解決が長引くことがあります。)
コリント3:6「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。」
人間関係には、必ず揉め事が起こります。
人が画策して、上手くいく時もあれば、上手くいかない時もあります。
そんな時、「人を変えるのは、神のわざである」という感覚は、大切です。
その感覚を持っていれば、「深追い」をしなくなるからです。
(「解決への執着」から、却って問題をこじらせるのを避けることができるのです。)
今回、問題解決のヒントとして、3つのポイントを考えていきます。
①共通のルールの下にいることを、共有すること。
②言い方の落ち度は、謝罪の気持ちでいること。
③時を待つこと。
それでは、しばらくお付き合い下さい。
①共通のルールの下にいることを、共有すること。
その方(Aさんとお呼びします)に、問題点を指摘した時、
質問者さんは、「個人的な感情」で指摘をしたのではない、と思います。
ある「共通のルール、基準」から、ご指摘をされたのだと思われるのです。
この点は、非常に重要です。
なぜなら、ここが曖昧ですと、
「正しいことを指摘」したのに「過剰な罪責感」を持ってしまうからです。
(但し言い方は大切です。これは②で触れます。)
曖昧だと、次の問題が起きた時に「冷静に指摘」ができずに、
ルールに従うこと自体がおかしくなってしまいます。
(多分、質問者さんもそのことは理解しておられると思います。)
質問者さんもAさんも、「同じルール」の下にいるはずです。
その自覚があれば、次の問題が起きた時も、「理性的」に業務として対応できるのです。
(少なくとも、質問者さんは自覚していなければなりません。)
②言い方の落ち度は、謝罪の気持ちでいること。
人間は、指摘されると「腹を立てる」ものです。(そうですよね。)
それが当たっていれば余計に「腹を立てたり」します。
理性と感情は、別物です。
仮に、100%Aさんに落ち度があっても、「正論が人を傷つける」ことがあるのです。
その点に関しては、「謝罪の気持ち」を持つことは必要です。
(それを口に出すかどうかは、考えるべきです。人によっては、謝罪を受けると「鬼の首でも取ったように」自分のミスは横に置いて、攻撃する人がいますので、、、)
「正しいことは正しい」
しかし「愛情を持って対応」すべきなのです。
1コリント13:1-4
「たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。
また、たとい私が預言の賜物を持っており、またあらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値打ちもありません。
また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。
愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。、、、」
「正しいことを、愛情をもってする。」この感覚が大事なのです。
お相手を傷つけてしまった点に気がついたなら、
「傷つけたことは申し訳ない(部分謝罪)」という気持ちを持っていると、
何かの折に「謝罪の気持ち」を伝えることができます。
そうすれば、「和解できる可能性」がグッと高まるのです。
③時を待つこと。
質問者さんは、残念ながら「Aさんの気持ち」を変えることはできません。
人は、「人の心を変える」ことができないのです。
ある意味、Aさんも、「自分の歪んだ心」をすぐに変えることはできないのです。
ですから、私たちはその人を「愛情をもって見守る」ことしかできません。
その方が、自分自身を「内省する」のも、「時があり」ます。
「心を開く」のにも、時があるのです。
ですから、「その時を待つ」気持ちでいることが重要です。
伝道者の書3:7-8
「引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。黙っているのに時があり、話をするのに時がある。愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦するのに時がある。、、、」
「その時がきた」なら、良い話ができるでしょう。
「質問者さんの気持ち」を、Aさんに伝えることができるでしょう。
もしかすると「雨降って地固まる」ようなことが起きるかもしれないのです。
大事なことは、「質問者さんの心」です。
質問者さんの心が、「愛情に満ち」ていれば、どこかで、「良い関係へ」と向かうはずです。
(「見えない心」が、大事なのです。見えない心も、持ち続ければいつかは「見える形」に繋がるのです。)
焦らず、じっくりとお取組み下さい。
焦りは禁物です。
イエス様は、私たちに「和解の務め」を与えられました。
それは「罪赦された」人間が、赦されたことを感謝する時に、
「起こる心の動き」なのです。
「人を許すこと」「仲直りをすること」、、、これらは神様の喜ばれることです。
①共通のルールの下にいることを、共有すること。
②言い方の落ち度は、謝罪の気持ちでいること。
③時を待つこと。
このことを通じて、「より一層人間関係が良くなる」ことを、
お祈りしています。
ご参考にして下さい。
祝福をお祈りします。
↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑
もし気に入って頂けたら、たくさんの方に読んで頂くために、クリックの御協力をして頂けると幸いです。(一日一回カウントされます)
読者登録をして下されば、新しい記事を自動的に知らせてもらえます。(無料ですが、はてなブログの登録が必要です。)
もう一つ別のブログランキングです。(こちらもクリックして頂くと助かります。一日一回カウントされます)
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
↑↑↑↑↑↑
こちらをクリックすると記事一覧を見られます。