人生相談〜聖書、イエス様を信じる立場から

世界のベストセラー聖書の価値観から、生きるを考えます!(モノの見方が変わると、とても楽になります)

何をするのにも不安です。チームで仕事をしていますが、問題が多く、気持ちが萎えています。どう考えたら良いでしょうか。

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チームで仕事をしています。色々な問題が起こっており、私では手が出せない課題も多くあります。このままいくと問題がさらに深刻になりそうで、考えれば考えるほど落ち込んできます。気持ちが萎えているので、気力を振り絞って仕事をしています。疲れています。どうしたら良いでしょうか。

 

******************************

ご質問をありがとうございました。

チームで仕事をされているのですね。質問者さんの気遣いをされている様子が伝わってきます。

「ご自分」だけでなく、「他の人」の課題にも奔走され続けて、エネルギーが枯渇されているご様子を感じます。

どこかでストレスを一度リセットして、ゆっくり休む時間を持つことができたら良いのですが、

今後の守りと導きをお祈りさせて頂きます。

 

今回は、質問者さんの考え方を整理していくつもりです。

いつものように「3つのポイント」でお話しをしていきます。

今回の目的(目標)は、「質問者さんが明るくなる」をフォーカスします。

しばらくご一緒にお付き合い下さい。何かの助けになれば幸いです。

 

①目的論を考える。

いつもここでお話ししていますが、「否定的な原因(原因論)」をどれだけ考えても、現状は好転しません。原因論は、掘り下げても何も変わらないのです。


今回のここでの(私の考える)「目的(目標)」は、「質問者さんが明るくなる」ことです。

質問者さんが暗くなると、チームの問題が1つ増えるだけで、チームにはメリットはありません。


ですから、原因論ではなく、質問者さんご自身の目的論を考えていきます。

(気持ちを「目的(目標)」に集中するのです)

 

「〇〇だからできない。」

「△△のことは、考えないといけない」

そう思われるかもしれません。

 

しかし、本当にそうでしょうか。

「背景(原因)」はある程度は考えなければいけません。

しかし、そこから導き出される「目的(目標)」に目を向けることはできるはずです。

(もし、目標が見つけられなかったなら、見つけるまで、徹底的に「悩んで」下さい。その悩みは建設的なものですから、最後まで悩んだら宜しいです。答えが出るまで悩むべきです。)

 

「泣き言」を言いたくなるとは思いますが、泣き言は一旦、横に置いておきましょう。

解決するためには、目標を見つけるしかありませんから。

そして目標を見つけたら、原因論には触れないことです。

(原因論が、「頭に浮かぶ」度に、切り捨てるのです。そして目的論に集中するのです。)

 

これが「聖書の価値観」だからです。

使徒パウロの言葉です。

 

ピリピ人への手紙(新約聖書)3:12-1612 私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。ただ捕らえようとして、追求しているのです。そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです。

13 兄弟たちよ。私は、すでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、

14 キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。

15 ですから、成人である者はみな、このような考え方をしましょう。もし、あなたがたがどこかでこれと違った考え方をしているなら、神はそのこともあなたがたに明らかにしてくださいます。

16 それはそれとして、私たちはすでに達しているところを基準として、進むべきです。

 

a今到達している現状から、

b最善の目標に向かって前進する、(後ろの原因を注視しない)、

クリスチャンのパウロの考え方が描かれています。

 

②課題の分離

チームでお仕事をするということは、

質問者さんが「手が出せない課題」があるということですね。

今回も「課題の分離」を考えていきます。

 

チームの「他の人の課題」が目に入ったとしても、

「質問者さんの課題」に集中しましょう。

 

今回のブログの目標は、「質問者さんが元気になること」です。

質問者さんが元気になれば、チームは確実に好転していきます。

 

人間には「エネルギーの限度」がありますから、

エネルギーを使うところを「区別」しなければいけません。

エネルギーを「質問者さんのすべきこと」に集中するのです。

それは、「他のことを」無視することになります。

 

つまり「目に入った案件」で関係のないものは、意図的に無視するのです。

衝動が湧いても「自動的に行動」しないで下さい。(ダボハゼ、条件反射的行動は、ダメです)

 

今の質問者さんの精神的な状況を考えると、

「質問者さんの課題だけ」に集中して、あとは無視するのが得策です。

そして「質問者さんが元気になったら」あとですれば良い、

(またはしなくて良い)と、割り切りましょう。

 

③励まし

最後は「励まし」です。

質問者さんは、「悩みを相談する相手」はおられるでしょうか。

そういう方を見つけて、「気持ち」を分かち合うことをお勧めします。

 

もし神様を信じておられるお方であれば、

心の奥の気持ちを、祈りによって、神様に注ぎ出しましょう。

人間は、そのように作られています。

 

人間は、「本当の自分」を知ってもらえると、

かなり強くなれます。

しかし反対に「自分のことを分かって貰えない」と感じると

とても脆い(もろい)ものです。

 

「まとめて話す」のではなく、

小さく「日常的に話す」ことをお勧めします。

 

良いお相手が与えられることを、祈っています。

(または深いお祈りができることも、お祈りしています。)

もし、私でお役に立てるならば、またご連絡下さい。

 

質問者さんが、「元気に」なれますように。

問題が解決していきますように、

祝福と助けを、お祈りしています。

 

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身近に「サイコパス、タイプ」の人がいて、疲れています。

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ご近所に「サイコパス、タイプ」と言われる人がいます。

最初はとても明るくて活動的に思えたので、友だちとして、お付き合いをしていました。

多才な方で、他の友だちも多く、どこかに行った時には、私に小さなプレゼントを買ってくるような方です。

しかし、すぐに人の悪口を言われ、同意をしないと不機嫌になられます。

こちらの事情を考えず、色々な頼みごとをされるのですが、「従うのは当然」という態度で来られます。

少し反論をすると「私たち友だちよね」「助けてくれてもいいんじゃない」と上手に説得してきます。(口がとてもうまいです。後から嘘だと分かることも真顔で話します。スキンシップで手を握ったりしてきます。)

「私の心が狭いのだろうか」と思って無理をして付き合ってきましたが、どう考えても、自分の事ばかりを主張しておられるので、段々と疲れてきました。

ある友人は、「あの人は図々しい」「人の気持ちを考えられない」と言って、距離を置いています。

その友人からは「あの人はサイコパスタイプの人だから、気をつけた方がいい」とも言われました。

現在、この方との「お付き合いの仕方」を悩んでいます。

どんな風に関わったら良いか、アドバイスを宜しくお願いします。

 

***************************************

ご質問をありがとうございました。

ご友人に「サイコパスタイプ」と呼ばれる方がおられるのですね。

 

サイコパスとは、反社会的人格を持つ人のことです。(犯罪者という訳ではありません)

サイコパス研究の第一人者であるロバート・D・ヘアは、特徴として以下のものをあげています。 

・良心が異常に欠如している
・他者に冷淡で共感しない
・慢性的に平然と嘘をつく
・行動に対する責任が全く取れない
・罪悪感が皆無
・自尊心が過大で自己中心的
・口が達者で表面は魅力的

 

サイコパスは、男性の3%、女性の1%が該当するといわれています。

近年、ドラマや映画、アニメなどの影響により、サイコパス=猟奇殺人者というイメージが定着しつつありますが、それはサイコパスの人の一部で、仕事で優れた成果を出す人、特に経営者や医者などにも多いようです。特に表面的には好印象であるとも言われています。

 

上記の特徴を見て、そのご友人(Hさんと呼ばせて頂きます)と重なる点はありますか。

ご質問の文章を読む限り、当てはまるものがいくつかあるように思えます。

 

対策を考える上で、いつものように3つのポイントを考えます。

①目的論

「境界線(バウンダリー )を明確にする」が今回の目的(目標)です。

 

「境界線(バウンダリー)」という言葉を聞いたことはありますか。

「個人の境界線」、「他者との境界線」という使い方をします。

それは、人と人との間で引く必要がある、物理的・心理的な境界線のことです。

 

私の車にはナビが付いていますが、仕事で県境に行くと、ある区間で、

「〇〇県に入りました」「△△県に入りました」と何度も繰り返す箇所があります。

境界線(バウンダリー )が明確に定められているからです。

 

聖書の中に、境界線が何度か出てきます。

ヨシュア記(旧約聖書)17章7節

マナセの境界線は、アシェルからシェケムに面したミクメタテに向かい、その境界線は、さらに南に行って、エン・タプアハの住民のところに至った。(新改訳聖書)

 

創造主である、父なる神様は、地上に「境界線」を定め、その内側を「敵から守るように」「正しく管理するように」と命じられたのです。

これは、一人の人間にも当てはまります。

  

国と国の貿易のように、人が人に「お願いする」には、双方の「境界線での手続き」が必要です。

それを無視して、相手の領地に入れば「侵略」です。

 

Hさんは、質問者さんに「依頼」をする時、「従うのは当然」という態度で接してきました。その結果、質問者さんは「いやな気持」がしました。

それは、Hさんが「境界線」を越えて要求してきたからです。

 

もし質問者さんが、その「侵略」を受け入れてしまうと、

次も当たり前の顔をして、Hさんは「侵略し続ける」でしょう。次も「同じところまで」入ってくるのです。

 

ですから、質問者さんは、「自分の境界線」を明確にしなければいけません。

そして入ってくる侵略者に、毅然として(丁寧に)、入らないように「警告する」必要があります。

 

このあたりの詳しい説明は、古典的名著、ヘンリー・クラウド 「境界線、バウンダリー ズ」(地引網出版=キリスト教の出版社、がお勧めです)

他にいくつも日本人著者の本があります。バウンダリーを守る「事例」を多く読まれることをお勧めします。

 

②課題の分離

境界線を守る上で、「質問者さん」の課題と、「Hさん」の課題があります。

Hさんは、「領域を踏み越える」傾向があります。

質問者さんは、(優しさゆえに)「侵略を許してしまう」傾向があるようです。

 

「解決」は理屈上では簡単です。

Hさんが、どれほど「侵略」してきても、質問者さんが「拒否」をすればよいのです。

 

その時には、コツがあります。

それは当然のように毅然として(笑顔で穏やかに)、

「できないわ。ごめんなさい」とお断りをすることです。(当たり前の顔をすることが重要です)

 

車のナビのアナウンスのように、「ここは私の領域」「入ってはいけない」とその都度、語るのです。

 

もし、、、、それでも、入って来る場合、

「戦う」か「距離を開ける」か、どちらかをしなければなりません。

 

もう一人のご友人が「距離を開けた」のは、ある意味正解です。

それを「穏やかな気持ち(愛情によって)」で実行できれば、ベストです。

 

イエス様がペテロに言った言葉(ヨハネによる福音書21:22)

「あなたはわたしに従いなさい」を参考にして下さい。

人の目や、周りに合わせてではなく、「あなた自身の意志と判断」で、無理なく穏やかに実行するのです。

 

③励ましの大切さ

しかしながら、サイコパス傾向のある人が、コントロールができなくなると、

強烈な反発をする可能性があります。

質問者さんが、異を唱えたり反論した場合、

Hさんは、「既存利益」を奪われたように感じるかもしれないからです。

 

するとHさんは「何かの手」を打ってくるでしょう。

 

質問者さんを説得しようとしたり、質問者さんの優しさにつけ込んで、情緒的に絡めてくることもあり得ます。

また、自分の周りの人を上手に利用して、

何人かで、プレッシャーをかけたり、攻撃する可能性もあります。

(サイコパス傾向の人は、自分の意見を通すために、信じられないほどの執着心を持つものです。)

 

その時に、大切なことは、冷静に分析をして、質問者さんを「サポートしてくれる人」を持つことです。

人は、数人から批判をされ続けると、心が弱くなります。

「自分の考えは、間違っているかもしれない」と、普通の人は考えるのです。

その時に、錨(アンカー)のように、質問者さんを「支えてくれる存在」が必要なのです。

 

もう一人のご友人が、きっとそのような方になると思います。

そのような励ましを頂いて、

ぜひ①「バウンダリーを明確にし」、

②質問者さんがすべき行動を取り、その「課題」をし続けて下さい。

(物理的な距離をあけることも、一つの判断です)

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もし不安になりましたら、またご連絡下さい。

私でよければ、サポートをさせていただきますから。

 

祝福をお祈りしています。

 

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口先だけで、やるやると言っている人がいます。どの様に対応したら良いでしょうか。

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私の会社に「口先では」協力すると言っていますが、いつも「実際には」動かない人がいます。期待した分、疲れてしまうので、「最初からできない」と言って欲しいのですが、いつも「口先では」良いことを言い続けます。そう言う人に、どのように対応したら良いでしょうか。

 

*********************************

ご質問をありがとうございました。

「口先だけ」で、実際は協力しない人がいると言うことですが、困りましたね。

質問者さんの困惑が伝わってきます。

「期待した分、疲れてしまう」と書かれてありましたが、本当にそうだと思います。

多分質問者さんは、この会社の方(Gさんとお呼びします)を、何度も信じようとしたのだと思います。そして何度も裏切られたのだと思います。

こんなことが「繰り返された」なら、疲れてしまうでしょう。

いくら忍耐深い人でも、「どこか」で、「もういい」と思ってしまいます。

今後「どのように考えたら良いか」ご一緒に考えていきましょう。

 

まずGさんは、はっきりと言って「自分のこと」しか考えていません。

もし相手のことを考えていたならば、「できない時」はできないと言いますし、「出来ると言った」ならば、(約束ですから、約束を守るために)、自分のことを犠牲にしてでも行動するはずです。

「約束は最大限の努力をする」これが大人としての対応だからです。

この積み重ねによって、大人として「信用を勝ち取る」ことができます。

 

すでにGさんは、質問者さんにとっては、「狼少年」になっているのでしょう。

ちなみに、狼少年が「狼が来たぞ」とウソをつくのは、

「成功体験」を忘れられないからです。

人々の注目、賞賛、それをすることで、一時的「利益(報酬)」があるのです。

 

きっとGさんが、「やります」と言葉を出すのは、それを言うことで、Gさんに「メリット」があるためでしょう。

人々の賞賛の獲得、断ることの衝突の回避、、、しかしすべて「自己中心」なものです。

「相手の失望や迷惑」を考えていません。(考えられないのです。思いつかないと言った方が正確でしょう。又は気がついても無視できてしまうのです。)

ですから、このようなGさんに、対応するには、現実的な「いくつかの知恵」が必要です。

 

4つのポイントを考えていきます。

①言葉ではなく、行動で判断すること。

②目標を明確にすること。

③自分の課題(すべき責任)を明確にすること。

④励ましを受けること。

それでは、ご一緒に考えていきましょう。

 

①言葉ではなく、行動で判断すること。

すでに質問者さんがしていることです。

Gさんの言葉ではなく、行動を注目し、その行動で「Gさんの本心」を判断するのです。

これは、現実的な対応です。

その行動で「信じるか」「信じない(別な手を打つ)」かを決めていくことです。

 

質問者さんの精神衛生上、基本的には「人を信じる」方が、良い関わり方ができます。

「人を信じる人」は、「人からも信じて頂ける」からです。

ですから、「人を信じること」は、続けて欲しいのです。

しかし、信じてはいけない「チェックリスト」を作ることも、必要です。

 

基本的には、信じても「その行動チェックリスト」にパスしないものは、信じることを「保留にしておく」のです。

 

②目標を明確にすること。

Gさんに対して「チェックリスト」を作り、「ここまで行動が確認ができたなら、『信じる』」と、

質問者さん自身が、「自分の基準(目標)」を明確にしておくことは重要です。

それを「作っておけ」ば、精神的にかなり楽になります。

 

繰り返しになりますが、

「人を信じること」は、生きていく上で必要です。

誰も「自分を信じてくれない人」とは、「付き合いたくない」からです。

ですから、基本的には、素直に信じましょう。

しかし知恵が必要です。

 

イエス様の言葉です。

マタイ(新約聖書)

10:16「いいですか。わたしは狼の中に羊を送り出すようにして、あなたがたを遣わします。ですから、蛇のように賢く、鳩のように素直でありなさい」

(イエス様の優しくも厳しい言葉です。)

 

狼のような人間関係上は、「蛇のように賢く」あるべきです。

 

Gさんの「言葉」ではなく「行動」に集中して考えていけば、自然と距離感や対処する方法(知恵)が明らかになると思います。

その知恵で「蛇のように」賢く行動をするのです。

 

③自分の課題(すべき責任)を明確にすること。

しかしGさんの「狼少年の悪い癖」は、変わらないかもしれません。

それは厳密に考えれば「Gさんの責任」です。(誰の課題なのか、課題を分離するのです。)

質問者さんが「責任を取る必要」も、「変えようと過剰に圧力をかける必要」もありません。

被害を受けたなら、「冷静に」被害状況を報告し、対処を求めるだけです。

(質問者さんは、振り回されてはいけません)

Gさんの人生は「自分で考え、悟り、変えるべき」ものだからです。

狼少年Gさんの「悪い種蒔き」の結果、「悪い刈取り」をするのは、

「Gさん自身」だからです。

 

そう考えれば、気持ちが楽になります。

質問者さんの課題をコツコツとすれば良いのです。

 

そこで質問者さんの課題として、一点注目することは、.......「許し」です。

穏やかに対応するためには、質問者さんが、「Gさんを許している」必要があります。

「許さない」と負の感情に縛られます。冷静で居れなくなります。

その負の感情のこだわりに「振り回され」ます。

(これは、必ず起きます。)

 

ですから、イエス様は弟子に許すことを教えました。

弟子のペテロがイエス様にこう尋ねました。「“先生、誰かが私に罪を犯した時、私は何度まで赦せばよいでしょう。七度まで赦せば十分でしょうか。”するとイエス様は言われました。「七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います。」(マタイの福音書18:22)

 

イエス様は「許し続けなさい」と言われたのです。

それは、「許した者が、許される(感情の束縛から解放される)」ことをイエス様は「知っておられた」からです。

(どういうプロセスでこの難しい決断ができるのかは、別の場所で説明します。)

 

質問者さんの「心の健康」のため、

「許しの決断」は実行してみて下さい。(やるだけの価値があります。)

 

④励ましを受けること。

「励まし」は、人間には必要です。

「やってられない」と思うことは、生きていれば「山のように」起きるからです。

もしまた問題が起きたなら、ご質問下さい。

私の知恵の限りで、考えさせて頂きます。

 

良い対応ができますように、

祝福をお祈りしています。

 

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息をするように「嘘をつく人」がいます。どのように考えたらよいのでしょうか。

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私の職場に「息をするように、噓をつく人」(男性)がいます。

やんわりと指摘をしても、実に上手にはぐらかし、さらに嘘を重ねるのです。

先日も、仕事上であるミスが起きました。その男性のミスなのに、いつの間にか「私のミス」になっていました。彼に抗議をすると「ごめんなさい。勘違いしていました」と実に上手に答えてきました。

本当に「すまないと思っているのか」と疑問に思い、その男性を観察していると、他の同僚に「○○さん(私の名前)に責められて仕方なく謝った」と、さも自分が迷惑しており、大人の対応をしたように話しているのを聞き、信じられないと思いました。

まだこの人とお付き合いをしないといけないと思うと、気が重くなります。どう考え、どう対応したらよいのか、アドバイスをお願いします。

 

*****************

「息をするように、嘘をつく人」が身近におられるのですね。

質問者さんの文章を読んでいると、精神的なショックが伝わってきます。

当惑をし、怒りが沸き上がり、その怒りをどこに持って行ったらよいのかわからない状態なのだと思います。

そのまま怒りを抱えていると、その憤りはどこか他の場所で影響をしますので、そのままにしていることは良くないことです。

 

しばらくご一緒に、考えていきたいと思います。

 

まず、「種まきと刈り取りの法則」知っている立場からすれば、その同僚の方(Dさんと仮称します)は恐ろしいことをしています。

 

人は「悪い種を蒔けば、悪い刈り取りをする」のです。

質問者さんはすでに、Dさんに対して信用できなくなっていると思います。

それだけでも「大きな損失」です。

そして、次にミスが起きた時に、仮に質問者さんがDさんを助けなければならない仕事上の立場であっても、質問者さんは「最低限のことしか、したくない」と考えると思います。

「それも大きな損失」です。

 

そんなことを「あちらでも、こちらでも」やっているならば、

Dさんは「オオカミ少年」となり、最後には誰も相手をしてくれなくります。

(仮にDさんが能力が高く、周りの人がDさんを必要としている場合は、しばらくは相手にされますが、しかし利害関係がなくなるとやはり、相手にされなくなります)

 

聖書には、凄いことが書かれています。


ローマ人への手紙(新約聖書)
12:17 だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。
12:18 あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。
12:19 愛する人たち。自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」
12:20 もしあなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。渇いたなら、飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。
12:21 悪に負けてはいけません。かえって、善をもって悪に打ち勝ちなさい。

 

聖書の言葉は「復讐をするな」

「悪に対して、善を行いなさい」

と通常では「信じられないような」ことが書かれています。

 

しかしこれは極めて「理にかなっている」のです。

それは、もし質問者さんが、

「Dさんの悪事」に腹を立てて、「悪事(悪い種まき)を行ったら」

質問者自身も「悪い種の刈り取り」受けることになる。

(売り言葉に買い言葉の結果、悪い刈り取りを受けるのは、ばかばかしいことです)

ですから、そんな愚かなこと「悪い種まき」をしないようにと、聖書は警告しているのです。

 

「わかっちゃいるけどやめられない」

「倍返しだ!」

威勢の良い言葉も出せますが、やはり「冷静に」考えてほしいのです。


ガラテヤ人への手紙(新約聖書)
6:7 思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。
6:8 自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。

 

「悪い種を蒔けば、悪い刈り取りをする」法則を侮ってはいけません。

その霊的な法則は、必ず当人に影響を与えます。

 

ですから、

「これも人生勉強」

「こういう人への対応を、学ぶチャンス」

「精神的な成長のため」(実際、人間性の成長はこのような時に起こります)

 

と考え、聖書が勧める「感謝をして」(割り切って)

質問者さん自身は、良い種を蒔き続けるのです。

 

先ほどの聖書は以下のように続きます。
6:9 善を行うのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。

 

引きずれられて、悪い種を蒔くようなことは、厳に慎みましょう。

 

また、ひどい目に合ったら、ここに質問を書いてみてください。

誰かに知ってもらうことで、肩に荷を下ろすことができますから。

 

いろいろな人の助けを借りて、

質問者さんには、「良い種を蒔き続ける」ことをお勧めします。

 

そうすれば、その法則の通り、

質問者さんに「必ず良いこと」が起こります。

 

無理に過剰に行動する必要はありません。

質問者さんのできる範囲で「善を行う」のです。

(できれば積極的に善を蒔くことをお勧めしますが、その人を冷静に見守ることだけでも、ある状況下では「善の種を蒔くこと」にもなります。要は悪を蒔かないことです。)

 

祝福をお祈りしています。

 

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【解決策6】職場に「思い込みの強い」同僚がいます。***お答えその13

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今回は、③-c「正しさ(正義)に執着する心」への解決策を、一緒に考えていきます。

ポイントは「光の下に出したときに通用するかどうか」になります。

***********************************

「質問者さんの文章」(再掲)

職場に「思い込みの強い」同僚(女性)がいます。

感情の上がり下がりが激しく、時々「思い込み」で感情的になることがあります。

「自分はいつも正しい」と思い込んでおられるようで、

周りが「それはこう言う事情で」と説明しても、「自分なりの正論」を言い続けて聞こうとしません。

特に「自分の利益」に関わることには、執着が激しく、主張を譲りません。

そして他を陰で徹底的に批判するので、職場ではかなり問題になっています

どう対応したら宜しいでしょうか。

***********************************

お答え、その7で書かせていただいた(「正しさ(正義)に執着する心」の分析)のまとめです。

 

人は「自分の正しさ」を正当化するために、

何をするかというと、、、「他者への攻撃」です。

相手は「間違っている」と言い続けるのです。

それによって「自分の正しさ」を主張します。

 

人を徹底的に攻撃をして「悪だと決め付け」、

自分は「正義の座」に居続けようとするのです。

 

そして恐ろしいことに、自分には「自分用」の甘いものさしを使うので、

内省は起こらないのです。

「自分のことは棚」に置いて、

「他者を徹底的に攻撃」できるのです。

 

これが「自己中心性のバイアス(偏り)」です。

これによって、「内省の欠如」と「他者への共感不全」

が起こります。

***********************************

(ここからが、本論です。)

では、このような「偏り」を持ち、「自分の正しさに執着する人」に対して、

どのように関わったらよいでしょうか。

今回は、そのことを考えていきます。

お付き合い下さい。

 

今回もABCで考え考えます。(A「目的論」、B「課題の分離」、C「励まし」)

 

A「目的論」

今回の目的(目標)は、

「光の下に出した時に通用するかどうか」をチェックする。

別な言い方をすれば、「一つのものさし」で考える、(ごまかしを許さない)ことを、Cさんに考察していただく・・・これらを目標としていきます。

 

会社で経理に経費を請求をしたとします。

それが、許可された範囲で、正しい運用をされていれば、

監査が入っても、全く問題はありません。

 

しかし「後ろ暗いこと」をコソコソとごまかしていたならば、

光の下に出された時に、その「悪事」が明らかになるのです。

 

多くの人は、「他人用」「自分用」の「ものさし」を持っています。

そして「あの場合」、「この場合」と、別のものさしを当てはめることは、多くあります。

 

その結果、何が起こるかというと「ごまかし」です。

「本来一つのルール」ならば確実にアウトの案件でも、自分独自の「甘いルール」で、「この場合は、大丈夫」と解釈してしまうのです。

そのため「自分には甘く許せ」ても、「人は徹底的に攻撃し許せない」ことが起こります。(その結果、人を批判し無視する心理が正当化されます)

 

この「犯罪」の防止(あえて犯罪と書きます)の「カギ」は、

「光の下(もと)に出す」ことです。


エペソ(新約聖書)5:11-14
実を結ばない暗やみのわざに仲間入りしないで、むしろ、それを明るみに出しなさい。
なぜなら、彼らがひそかに行っていることは、口にするのも恥ずかしいことだからです。
けれども、明るみに引き出されるものは、みな、光によって明らかにされます。
明らかにされたものはみな、光だからです。

 

光の下に出して、問題がなければ・・・説明できるならば、大丈夫なのです。

つまり「公のルール」(一つのルール、つまり、ごまかしのないルール)

に照らし出して、問題がないかをチェックするのです。

 

そのために、会社では上司の決裁や、書類や会計の監査があるのです。

表に出す(光の下に出す)ことによって、ごまかしを撲滅していくのです。

 

このような「公の手続き」(光の下に出す作業)をしている中で、

もしミスに気が付いたなら、

「ミス」を認めて、「修正すれば良い」だけなのです。

 

要は、光の下に出されたときに、

「隠そうとするか」(ごまかそうとするか)

「堂々とするか」(堂々と修正するか)

の違いです。

 

光に照らされた時、悪は隠れようとします。(明らかになることを恐れます)

そのため、ごまかし続けようとします。

しかし最後まで、ごまかしきることはできないのです。

 

「正しくあろう」(ごまかさない、一つのルールで対応しよう)と思って対応する人は、恐れないのです。

繰り返しますが・・・ミスを指摘されたならば、直せばよいだけですから。

(何を恐れなければならないのか・・・ということです)

 

 B「課題の分離」

しかし、Cさんには、明確な「課題の分離」が必要です。

 

今まで、「課題の分離」を、

自分ことをしっかりして、人を思い通り動かそうとしない(コントロールしない)

という使い方をしてきました。

 

 

今回は、別の観点でお話しします。

それは、「課題の分離」責任の明確化です。

「自分の課題」は自分自身で実行するが、

「相手の課題」には基本的には干渉しない。(助けても良いですが、、、)

 

それは突き詰めると、

「人から言われて」自分を直すのではなく、

「自分自身で気が付いて」自分の落ち度を直す・・・ということになります。

 

「自分の頭」で考えて、「自分で自分を修正する」のです。

つまりそれは「誰から教えてくれなかった」とか、「誰かの言い方が悪かった」とか、

そういう言い訳は通用しなくなります。

「自分の課題」は、「自分で責任を持つ」ことを、しなければならないのです。

(これはとても厳しいことでもあります)

 

Cさんには、そういったことも含めて

自分のしていることを、隠さず、表に出すことが要求されます。

 

C「励まし」

そんな風に、「課題を明確化」されていくと、

追い詰められます。

今まで複数のものさしで、いい加減にできていたことが、

できなくなります。

 

するときっとCさんは「泣き言を言いたく」なるはずです。

もし質問者さんに、Cさんが「泣き言」を告げてきたならば、

「よく話を聞いてあげてください」

「批判する」のではなく、「どんな風に考えているのか」よく確認をしてあげてください。

 

そしてA「光の下に出すべきである」ことと

B「課題の分離」の考え方を伝えながら・・・

 

「結局、現実を受け止めていくしかない」こと、

「逃げることができない」こと、

「誰かのせいにしても、まったく解決しない」こと等を

優しく伝えて上げて欲しいのです。

 

今まで「ごまかしながら」でもできたことは

もう「卒業しなければならないタイミング」に来ていること、

「ここで逃げてしまった」なら、

「人間的な成長がない」こと等を、

伝えて上げて欲しいのです。

 

Cさんは、その厳しさを受け入れられないかもしれません。

(本当は、厳愛という、やさしさの一種なのですが)

 

Cさんが受け入れるかどうかは、「Cさんの課題」です。

「質問者さんの課題」は、Cさんに優しく関わり、

Cさんが乗り越えていけるように「サポートする」ことだと思います。

 

その課題を明確に「分離」することです。

そして質問者さん自身ができることを、コツコツとしていくのです。

 

エペソ(新約聖書)5:11-14
実を結ばない暗やみのわざに仲間入りしないで、むしろ、それを明るみに出しなさい。
なぜなら、彼らがひそかに行っていることは、口にするのも恥ずかしいことだからです。
けれども、明るみに引き出されるものは、みな、光によって明らかにされます。
明らかにされたものはみな、光だからです。

 

以上。長い時間をかけて、Cさんの分析と解決策を考えてきました。

参考にして頂ければ、幸いです。

質問者さんとCさんの、今後の祝福をお祈りしています。

 

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【解決策5】職場に「思い込みの強い」同僚がいます。***お答えその12

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今回は、③ーb「自分中心のプライド」について考えます。

「自分のことばかり」を考えている人は、ある種の盲目になっています。

「見えている」はずなのに、「見えていない」状態です。そういう人への対応と解決策を考えていきます。

***********************************

「質問者さんの文章」(再掲)

職場に「思い込みの強い」同僚(女性)がいます。

感情の上がり下がりが激しく、時々「思い込み」で感情的になることがあります。

「自分はいつも正しい」と思い込んでおられるようで、

周りが「それはこう言う事情で」と説明しても、「自分なりの正論」を言い続けて聞こうとしません。

特に「自分の利益」に関わることには、執着が激しく、主張を譲りません。

そして他を陰で徹底的に批判するので、職場ではかなり問題になっています

どう対応したら宜しいでしょうか。

***********************************

分析③ーb「自分中心のプライド」(以前の、お答えその6の分析)

「不健康なプライド」を持っている人は、自分の意に反することは無視をします。

自分の主張ばかりを考えて、他人の気に入らないことは無視できるのです。

そういうプライドを持っている人は、「自分を正しく」しないと生きていけません。正しくなければならないのです。

 

この偏った「正義のものさし」は実は自分自身にも当てはまります。

すなわち「自分の気に入った部分」は受け入れることができますが、

「自分の中の気に入らない部分」は瞬殺します。無視します。

 

これは自分自身を苦しめることになるのです。

それは、「自分の強い部分」は受け入れられても、「弱い部分」は受け入れられないからです。

そうするととても不安定になり、ますます自分の正しさに執着するようになります。

(「偽りの自分だけ」を注目していくのです)

 

***********************************

(ここから、今回の内容です)

ではこのように苦しんでいる人をどうしたら、解決へと手助けすることができるのでしょうか。

自分の中の「弱い部分」を受け入れるには、どうしたらよいのでしょうか。

 

今回もABCで考え考えます。(A「目的論」、B「課題の分離」、c「励まし」)

 

A「目的論」

今回の目的(目標)は、

「自分と他人へのものさしは、同じである、と自覚して頂く」ことです。

 

人を厳しく批判し、受け入れない人は、

自分を厳しく批判し、受け入れていないのです。(同じものさし、です)

しかし、この簡単な理屈に「気がついていない人」が意外と多いのです。

 

ルカの福音書 6:37
さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。人を罪に定めてはいけません。そうすれば、自分も罪に定められません。赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。

 

「自分のものさし」と「他人へのものさし」は、一つなのです。

 

世の中は、良くしたもので、「人を裁く人」は「同じような人」とぶつかります。

先日、Cさんと「よく似たタイプ」の方とお話をしました。

その方は、真面目な方なのですが、人を辛辣にいつも批判していました。

 

その方からこんな話を聞いたのです。

「ある人から批判をされたのだが、理解できない。人間は完璧でないのに、どうして私のミスをそこまで指摘しないといけないのか!」

かなり憤慨された様子でした。

私はこんな風に応じました。

「そうですよね。そんな風に批判をすると、実は本人も辛くなりますよね。自分へのものさしと人へのものさしは、実は同じですから、そんな風に人を批判すると言うことは、自分自身を同じように裁くでしょうから、苦しくなりますよね。本当はそんな風に批判しない方が、ご本人のためにも、いいんでしょうけどね」

 

「人間は、完璧ではないのに、人を批判することは、おかしいですよね」

(怒りが収まらない様子でした)

 

「本当は、ものさしは一つですから、許すことが大事なんですけどね。自分も許して、人も許せたら、かなり(心が)楽になるんでしょうけどね」

 

笑いながら立ち話をしましたが、その方は「いろいろ『思い巡らして』おられたよう」でした。

 

実は、以前から「その方」のことは「考えて」(祈って)いたのです。

「人を辛辣に批判すると言うことは、自分を批判することになるから、お辛いだろうな」と。

「良い関わりができたらいいな」と。

 

(祈って、思い巡らしている中で)、

「その方」に、このタイミングで、第三者の話をしながら、「その方の心」に向けてお話ができたのです。

(私の考え方をはっきりとお伝えしたことで、今後は「同じ視点」で話ができますから、今後の成り行きを見守るつもり、です。)

 

「目標」を持っていると、

意外と自然に「語るチャンス」がやってくるものです。

「語るチャンス」に語れば、無理がありません。

自然に「目的」を伝えることができるのです。

 

聖書は、口を開くのに時があると語ります(伝3:7)。

ソロモンは、「時宜にかなって語られる言葉は銀細工に付けられた金のりんご」(箴25:11)と語りました。 

 

語るべき「タイミング」があります。

そのチャンスを逃がさないことです。

 

B「課題の分離」

今回も「課題の分離」を考えます。

私が上記の方とお話しした時、

「許したほうが、本人も楽になる」とお話ししました。

しかしその方は「よく分かっていないようでした」(あまりピンときていないようでした)

 

「人を許す」のは、「自分の許し」のためなのですが、

このことに気づくには、時間がかかることがあります。

 

ですから「課題の分離」です。

相手が分からなくても「イライラしない」ことです。

分かるにはタイミングがありますから。

 

あなたは、許そう、受け入れよう、と努め続けていれば、

(あなたの課題に集中していれば)

「ご相手の課題」がはっきりする時に、「良い関わり」ができるのです。

 

Cさんが、「人を受け入れ、許す」ことが出来るようになれば、

Cさん自身も「自分を裁く癖」から解放され、楽になりますし、

人の言葉を聞き入れない「思い込みの強さ」からも、

段々と自由になっていくのです。

 

今回も、C「励まし」は上記の内容に含まれていると思いますので、割愛いたします。

 

次回は、③-c「正しさ(正義)に執着する心」への解決策を、一緒に考えていきます。

祝福をお祈りしています。

 

ルカの福音書 6:36-37
36 あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい。
37 さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。人を罪に定めてはいけません。そうすれば、自分も罪に定められません。赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。

コロサイ人への手紙 3:13
互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。

 

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【解決策4】職場に「思い込みの強い」同僚がいます。***お答えその11

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今回は、③「利益を得ようとする人」の心理、の中で、

a「自分の打算で生きる人」の解決策を考えていきます。

***********************************

「質問者さんの文章」(再掲)

職場に「思い込みの強い」同僚(女性)がいます。

感情の上がり下がりが激しく、時々「思い込み」で感情的になることがあります。

「自分はいつも正しい」と思い込んでおられるようで、

周りが「それはこう言う事情で」と説明しても、「自分なりの正論」を言い続けて聞こうとしません。

特に「自分の利益」に関わることには、執着が激しく、主張を譲りません。

そして他を陰で徹底的に批判するので、職場ではかなり問題になっています

どう対応したら宜しいでしょうか。

***********************************

分析③ーa「自分の打算(利益)で生きる人」は、

「他の人の利益」を無視しています。

見えていても「見ようとしない」ので、

びっくりするような「自己中心的な発言」ができるのです。

***********************************

(ここから、今回の内容です)

人間は、基本「自己中心」です。

自分のことばかりを考えて生きています。

 

人間は、体裁や対面を剝がしたならば、かなり醜い心が出てきます。

人はそれを隠しながら生きているのです。

余裕のある時には、人のことを考えることができても、

自分の命が危うくなるような状況に置かれると、

恥も外聞もない態度をとることが多いのです。

(今回のコロナ騒ぎで、多くの人が、自分や他人の醜さを体験したのではないかと思います)

 

ある意味、Cさんは素直とも言えるでしょう。

しかし、Cさんは「知恵がありません」

本当に利益を得ようと思うならば、

「他人と協力」しなければ「最大の利益」を得ることができないからです。

 

つまり、Cさんは「周りが見えていない」のです。

 

今回も、ABCで考えていきます。(A「目的論」、B「課題の分離」、c「励まし」)

A「目的論」

今回の目的(目標)は、

Cさんに「協力することが、最大限の利益を生む」

ことを知って頂くことです。

 

どうしてCさんが「自己中心的になってしまったか」の「原因論」は問いません。

そこを議論しても解決に向かわないですから。

Cさんに「私は◯◯だから出来ない」と言わせてはいけないのです。

(ただし、背景を理解するために、Cさんの考え方を知る上では重要です。)

 

このことを知識ではなく、体験で理解して頂くためには、

中学や高校の体育の時間に経験した、バレーボールを思い出して貰えば、

分かり易いと思います。

 

同じぐらいのレベルならば、そのチームが勝つかどうかのポイントは、

そのチームの「結束力」で決まります。

相手を批判しあっていたら、ボールが来ても上手く対処できません。

「私は知らない。関係ない」という態度をとっていたら、

試合に負けてしまうのです。

試合中はいつでも、仲間がボールを打った時は、

「フォローする気持ち」でいることが大切なのです。

少々技術的に下手でも、周りが補えば、戦いに勝利する可能性が高まるのです。

 

聖書の言葉です。

ピリピ(新約聖書)

2:2-4どうか同じ思いとなり、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、一つ思いになって、わたしの喜びを満たしてほしい。
何事も党派心や虚栄からするのでなく、へりくだった心をもって互に人を自分よりすぐれた者としなさい。おのおの、自分のことばかりでなく、他人のことも考えなさい。

 

この聖書の言葉は、「正論すぎる」とか「きれいごと」に思えるかもしれません。

しかしバレーボールの試合と通じるものがあります。

 

はやりCさんが、「協力するメリット」を学ぶのは、

Cさんが「失敗した時」でしょう。

Cさんの失敗を、周りが「一致団結して」フォローをしていけば、

Cさんも「チームワークの力」を体験できます。

 

質問者さんは、「良い雰囲気」を作り出すことに尽力してみて下さい。

繰り返しになりますが、

「目的(目標)」は、「協力すること」が「最大限の利益を生む」。

そのことをCさんに「理解して貰う」ことです。

 

実はカギとなるのは、

「日常会話」なのです。(日常の価値観です)

具体的には、「問題の共有」と「声かけ」となります。

 

バレーボールに戻って説明します。

ボールが飛んできます。敵は弱いところにボールを打ってきます。

「そこボール、くるよ」

「フォローするよ」

「気合いを入れていこう」

同じボールに注目して、みんなで対応していくことが大事です

ボールに触れない人も、必ず「問題を共有」しています。

 

その時の個々人の「姿勢」が重要なのです。

つまり「どう考えるか」です。

 

バレーボールに戻ります。

「いける、いけるよ」

「大丈夫、ドンマイ。次はしっかりいこう」

味方がミスをしても、常に「前向き」に発言するのです。

それは「試合に勝つため」です。

前向きな雰囲気の中で「最大限の能力」が発揮できるからです。

 

ムードメーカーが重要です。

そのためには、その問題をどう見るかという「価値観」が大切になります。

 

ピリピ(新約聖書)4:4-7

いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。
あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。
何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。

 

ものごとを前向きに、感謝しつつ捉えていくのです。

そのようなムードメーカーが、チームの雰囲気に強烈な影響を与え、

Cさんにも良い影響を与えることができると、信じるのです。

 

最後に、B「課題の分離」を考えていきます。

上記のように、質問者さんは、「前向きな発言」を繰り返して下さい。

Cさんが、否定的でも問題はありません。

「私はこう思う」と、

「協力することが、最大限の利益を生む」ことを主張し続けるのです。

 

「質問者さんの課題」「Cさんの課題」を分けて考え、

「質問者さんの課題」に集中するのです。

Cさんが、仮に応答しなかったとしても、職場は必ず良い方向へと向かいます。

 

ですから、バレーボールの試合のように、

質問者さんは「前向きな発言」を繰り返します。

ただしこれを嫌味なく実行するためには、

「本気でそう思っている」ことが重要です。

 

問題が起きた時、「数人」の中核の前向きな考え方が、

実は「チーム全体」に浸透していくのです。

これはチャレンジです。しかしぜひ、実行してみて下さい。

 

c「励まし」は、すでに触れていると思いますので、今回は割愛します。

 

次回は、③-b「自分中心のプライド」についての解決策を考えていきます。

祝福をお祈りしています。

 

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