人生相談〜聖書、イエス様を信じる立場から

世界のベストセラー聖書の価値観から、生きるを考えます!(モノの見方が変わると、とても楽になります)

あなたも「愛されている」、、、太陽のぬくもりのような「愛」

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今日は、秋の晴天。ピクニック日和です。

風も優しく、寒くもなく、暑くもない気候で、

「太陽の光」が、心地良いです。

暖かい、「光のぬくもり」に満ちています。

 

今日は、あなたも「愛されている」、、、「注がれている愛」について書いてみます。

しばらくお付き合い下さい。

 

「天国」は、「平和で愛に満ちている場所」と、「聖書」には書かれています。

「太陽の光」もいらないほど、主の「愛の光」で満たされいる状態です。

「のろいも悲しみもない」様子が、描かれています。

 

黙示録22:5

22:5「もはや夜がない。神である主が彼らを照らされるので、彼らにはともしびの光も太陽の光もいらない。彼らは永遠に王である。」

22:3-4「もはや、のろわれるものは何もない。神と小羊との御座が都の中にあって、そのしもべたちは神に仕え、神の御顔を仰ぎ見る。また、彼らの額には神の名がついている。」

 

想像してみて下さい。

光に満ち、ぬくもりに満ち、愛に満ちているなら、

「人の心は、穏やか」になるのです。

温泉で湯槽に浸かって、くつろいでいる時には、

あまりケンカをしたいとは思いません。

ゆっくりと、色々と本音の話ができる時間なのです。

 

「愛されている」「満たされている」という感覚を持つことは重要です。

それによって、自分は価値があり、大切な存在だと、「実感」できるからです。

 

人生のどこかで、充電するように、「愛のチャージ(充電)」が定期的に必要です。

それによって「幸せを実感」できるのです。

 

今、この瞬間も、

「太陽の光」を浴びるように、「ぬくもり」が存在します。

(それは、絶対的な事実です。)

 

しかし、、、多くの人には、「大きな岩」のようなものが「邪魔をして」、

「光を浴びる」ことができずにいます。

「光の存在自体」も、信じられないかもしれません。

 

だから、、、もしどこかで「光」を感じたら、

それは「大きなチャンス」です。

その時には、岩陰から「顔を出せば」良いのです。

「光」に近づくために、一歩何かをしたら良いのです。

 

そうすると、、、

「苦しみや、闇」と思われるものの、向こうに、

同時に存在する、「光そのもの」が見えてくるはずです。

 

「光」を見つけ、その「ぬくもり」を体験するならば、

「闇そのもの」「岩そのもの」が、

小さなものに、見えてくるのです。(分かるのです。)

 

ですから、これを読まれているすべての方、

大切なあなたも「光を浴びる」必要があります。

愛されているという、「愛そのもの」を「体験」する必要があるのです。

 

私たちが、天国に行くことができれば、「その溢れる充実感」を、

四六時中体験できることとなります。

 

しかし、今生きている現在も、

イエス様を信じ、神の霊(聖霊)の力を受けるなら、

天国 に似た「愛の満たし」体験できるのです。

 

それは、今日のような「秋の高い空」の下で、

「暖かい日差し」を浴びるような「至福の時間」なのです。

 

人生の「日向ぼっこ」をしてみませんか?

祝福をお祈りしています。

 

2コリント5:13-14
「もし私たちが気が狂っているとすれば、それはただ神のためであり、もし正気であるとすれば、それはただあなたがたのためです。

というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。、、、」

 

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「寄り添うこと」の大切さ、「アドバイス」とのバランス。

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皆さんも、どこかで「人から相談」を受けたことがあるでしょう。

子どもが悩んでいたり、友人や同僚が落ち込んでいる時に、何と言ったら良いのか、又は声をかけたら良いかを考えたことも、あるのではないでしょうか。

又逆に、あなたが悩んでいた時に、意を決して相談をすると、「一方的なお説教」をされて、ガッカリした経験はあリませんか。

 

今回は、「寄り添うこと」の大切さを取り上げます。

A寄り添うことは、難しい。

B相手の性格、状況を見極めることが大切。

C解決策は必要。しかし語るのはタイミングを考えて。

しばらくお付き合い下さい。

 

A寄り添うことは、難しい。

「寄り添う大切さ」を知っていても、「実際に寄り添うこと」は難しいものです。

なぜなら、皆「自分の考え」を持っています。

十人十色、いろいろな性格の方がおられます。

そして通常「自分の考えを土台」として「相手の考えを推し量り」ます。

「自分は〇〇と思うから、相手も〇〇と思うに違いない」と考えるのです。

 

だから時々「相談を受けた」時に、「自分の持論を長々と語って」しまいます。

良かれて思ってのことです。

 

そうならないために、カウンセリングでは「技法」を学ぶのです。

「エコー(繰り返し)」です。

「センテンス・エコー(言葉の繰り返し)」「メッセージ・エコー(要約しての繰り返し)」

があります。(今日は説明を省きます。)

 

本当に悩んでいる場合は、「言葉を繰り返し」て貰うだけで、

「相手に受け止めて貰った」と感じて、「気分が軽く」なるものです。

 

ですから、「悩んでいる人」が、目の前にいたならば、

「自分の持論を言わず」

ただ「相手の言葉を繰り返し」その人のことを「分かろうと努めるだけ」で、

お相手は、満足することが多いのです。

(単なる技法ではなく、「心に寄り添う気持ち」が大切です、、、。)

、、、難しさを感じながらの関わりとなるでしょうが、、、。

 

B相手の性格、状況を見極めることが大切。

繰り返しになりますが、人には「色々な性格」があります。

ですからまず、「自分と他人は違う」と割り切って、

(これがとても大切な視点です。)

「別人格の相手の考え方」を知ることに、努めましょう。

その人の考え方を観察するのです。(お相手を知ろうとするのです。それが、愛情です。)

 

特に悲しみの中にいる人は、悲しみを乗り越えるのに、一般的にいくつかの段階を通ります。

その段階を知って関わることは、役に立ちます。

これを「グリーフケア」と言います。

「悲しみの五段階」と言われるものです。

①第一段階「否認と孤独」

失恋や死別、大きな悲しみ、痛みを経験した時に、最初に人は「そんなことはあるはずがない」と現実を受け止められず、否定するのです。そして深い孤独を感じます。

②第二段階「怒り」

否定した後は、怒りが湧き上がってきます。

③第三段階「取り引き」

あの時こうしておけばこんなことにならなかったのでは、と「もしもの場合」をあれこれ考えます。

④第四段階「抑うつ」

もう〇〇なのね、とひどく落ち込みます。

⑤第五段階「受容」

悲しい現実を受け止められるようになり、新たな自分を見つけ、受け入れていきます。

 

お相手の性格、状況を理解するには、お相手を「知ろうという気持ち(観察力)」と「忍耐力」が必要です。

「自分と他人は違う」

「悲しみには段階がある」

ことを最低限、受け止めていれば、

「持論を一方的に語る」ような、「マズイ対応」は決してしなくなるものです。

 

C解決策は必要。しかし語るのはタイミングを考えて。

技法だけで、機械的に関わるだけでも、仮にあなたが解決方法を持っていなくても、

「ただ寄り添うだけ」で、お相手はある程度は満足するでしょう。

 

しかし、仕事や具体的な解決が必要な状況では、

「そうですね」とうなずくだけでは足りません。

あなた自身が、「解決のいくつかの策」を持っていることは必要になります。

そうでなければ、真の意味で「苦しみはなくならない」からです。

 

能力の高い人であれば、話を聞いている段階で、

「これが問題だ」

「これを修正すれば、解決する」と

頭の中に、「解決策」が浮かんでくるかと思います。

 

しかし「その解決策」を「言葉にする」のは、タイミングが必要です。

(そんなことは考えておれない、危機的な状況でも、配慮は必要です。)

問題が解決しても、担当者が倒れてしまったならば、結果として大きな損失となってしまいます。

(人によっては、相当にデリケートなご性格を持っておられるのです。)

 

あなたの解決策を、お相手は「受け止めることができる状態なのか」を、

よく加味して言葉に出すかの、判断しなければなりません。

(大変ですが、、、)

 

私たちの「そのお相手への、愛情」が問われるのです。

あなたが、お相手をたくさん知り、

そのお相手への「接し方」を理解するほどに、

「真の意味での、解決」の「言葉」を導くことができるのです。

 

ピリピ2:3-5

「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。

自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。

あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。」

 

相談された時には、

「寄り添う気持ち」が大切です。

そしてそのためには、

「自分と相手は違う」という事実を受け止め、(個性も、能力も、成長過程も、、、)

「今のお相手」を知る努力が重要です。

 

そのような気持ちでいるならば、

あなたが、少々の失敗はしたとしても、

お相手は、「あなたの気持ち(愛情)」を受け止め、

「あなたの言葉」を聞いて、

「回復の道」を歩んでいけると信じています。

 

最後に「箴言のみことば」を紹介させて頂きます。

“指導がないことによって民は倒れ、多くの助言者によって救いを得る”(11:14)

“愚か者は自分の道を正しいと思う。しかし知恵のある者は忠告を聞き入れる”(12:15)

“密儀をこらさなければ、計画は破れ、多くの助言者によって、成功する”(15;22)

“相談して計画を整え、すぐれた指揮のもとに戦いを交えよ”(20:8)

 

祝福をお祈りしています。

 

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「めんどくさい」を乗り越える「力」

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今日は、少しくだけた内容になるかもしれません。

あるドラマを見ていた時、「めんどくさいは、すべてに優先する」という言葉を聞き、

「その通りだ」と思いました。

 

以前は、「気力」や「やらなければならない」という「責任感」で、多くの仕事をこなしていました。

しかし、そういう場合、

大体は、終わった後「疲れてしまう」ことが多かったのです。

 

最近は、「あること」をしてから、始めるようにしています。

それは「祈り」です。

単なる祈りではなく、「たましい」を込めた祈り、です。

少し説明が必要だと思います。

 

こんな経験はありませんか?

コーチングを受けたり、話を聞いて貰い励ましを受けたりすると、

私たちは「元気」になります。

そして仕事や、やるべきことをする「力」が湧き上がるのです。

「一人ではないんだ」と思い、

少々「孤独を感じる」ことがあったとしても「乗り越えて」いけるのです。

 

私たちには「励まし」が必要です。

 

しかし、いつも「人に励まして貰える」訳ではありません。

タイムリーに「声をかけて貰える」訳ではないのです。

 

そこで「お祈りの力」が効果を発揮します。

 

神様は「私たちの髪の毛の数」をも知っておられるお方です。

口に出す前から、「私たちの気持ち、願い」を知っておられるお方です。

そして、海の底に逃亡したとしても、そこに「一緒にいて下さる」のが神様であり、イエス様なのです。

 

私たちの「祈り方」が重要です。

イエス様が、どんな風に「あなたの祈り」を聞いてくださっているのかを、

「知って」「体験すること」が秘訣なのです。

 

「たましいを込めた祈り」とは、

感情や心の傷や、様々な悩みなど「たましい」のすべての思いを、

「感じながら」イエス様に告白する(祈る)ことです。

 

私の人格を知っておられ、気持ちも痛みなども「すべて知っておられるお方」に、

「心を注ぎ出して会話をする」祈り方です。

 

詩篇139:23「神よ。私を探り、私の心を知って下さい・・私のうちに傷のつい た道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください」 

(よく取り上げる、ダビデ王の祈りです。)

 

私は、こんな祈りをしています。

「イエス様、私は疲れました。」

「やる気が起こりません(笑)」

「あの言葉に、嫌な気持ちになりました。傷つきました、、、」等々、、、。

 

時間がある時には、仕事を始める前に「気持ちが収まるまで」祈っています。

すると「元気」になるのです。

(友人に相談した後のような感覚です。)

 

仕事中で、「気力がなくなったな」と思った時には、

「瞬間的」に祈ります。

短くても「集中して深く」祈ります。

「たましい(感情)」に「触れられる祈り」をするのです。

 

「めんどくさい」と思っても、しなければならないことはあります。

「とても重要」で「落としてはいけない案件」もあるのです。

 

「責任感や使命感の動機」で、行動する前に、

ギヤーを「祈り」に入れ、「たましいが触れられる祈り」を体験してみませんか?

 

きっと、あなたにも「新しい力」が与えられ、「新鮮な気力と知恵」によって、

「仕事」をすることができる、と信じています。

 

祝福をお祈りしています。

 

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ひどい状況下でも、「良い告白」をするパワー(力)

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今回は、前回、前々回の「告白の力(言葉の力)」の補足です。

「私は一番愛されている(最高に愛されている)」という心からの告白は、

「すべての否定的な言葉」を跳ね飛ばす力を持っています。

 

私たちの周りには、様々な否定的な言葉が満ちています。

それをすべて聞いていたら、きっと人間はおかしくなってしまいます。

 

「苦しみに会ったことは、幸いでした。私はそれであなたの掟を学びました。」(詩篇119:71)

とあるように、

私たちは、「苦しみ(痛み)」を通じて学習をします。

「否定的な言葉を入れてしまった」なら、「こんなに苦しいことがあるのだ」と悟ると、

「痛みを感じたくない」ために、「否定的な言葉を入れない」選択をするのです。

 

ですから、私たちはどこかで「否定的な言葉」を無視し、入れないようにしています。

壁を作るのです。

しかし、壁は完璧ではありません。ある瞬間に「悪いもの」が入ってくる時があるのです。

 

残念なことに、一旦「否定的な言葉」を、そうだと「受け入れて」しまうと、

それは「自分の考え」になってしまうのです。

「悪魔が喜ぶ言葉」には習慣性があります。

 

「お前はダメだ」「決して上手くいかない」「死んだ方がいい」「生きていても意味がない」

「早く死ね」「生きているだけで迷惑だ」「消えて無くなった方がいい」………

これらの言葉に呪縛されると、簡単に「抜け出して」はもらえないのです。

 

しかし、聖書の言葉(神様の言葉)は、そのすべての否定を「ひっくり返す力」を持っています。

(具体例は、別にまとめたいと思いますが、、、オセロがクロからシロに変わるようなものです。)

 

まずは、肯定的な言葉を、①「見つけて」下さい。

それは、自分に合ったものでなければなりません。

「そうだ」と思えなければ使うことができません。

 

それを見つけたら、②「告白する」のです。

何度でも告白します。

「私は価値がある」

「愛されている」

「助けられる」

「見て頂いている。守られている」

「失望しなくても、良い」

「上手くいく」etc

聖書には希望的な言葉が満ちています。

(単なる希望的な言葉ではありません。「神様の約束」です。)

 

その中でも究極的な言葉が

「私は神様から、一番愛されている」という告白なのです。

 

この告白をすると、

「自分に優しく」なります。

悪魔が喜ぶ、「お前はダメだ」という、否定的な言葉が湧き上がってきても、

「それは、本当か?」と疑問を投げることができます。

そして、「それは、ウソだ!」と言い切ることができるのです。(私は一番愛されているのですから。)

 

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)

 

「私は神様から、一番愛されている」

この告白の土台から、すべての考えを「組み立てる」と、「悪いもの」は載せられなくなります。

外からやってくる「悪魔のささやき」も、入りこめません。

 

「私は神様に一番愛されている」

これは、「万能の告白」です。

この告白をし続けると、嵐のような状況でも、安定感を持てます。

すべての人がパニックでも、あなたは、自分のすべきことを「コツコツ」とすることができるのです。

 

ぜひやってみて下さい。

 

詩篇120:1-3

1 苦しみのうちに、私が主に呼ばわると、主は私に答えられた。

2 主よ。私を偽りのくちびる、欺きの舌から、救い出してください。

3 欺きの舌よ。おまえに何が与えられ、おまえに何が加えられるのか。

 

詩篇121:1-3
1 私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。

2 私の助けは、天地を造られた主から来る。

3 主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。

 

あなたの「大切な心」が、守られますように、、、

祝福をお祈りしています。

 

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「言葉」の力「告白」の力② 「幸せだ」と言える理由。

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先回は、「言葉の力」について考えました。

特に言葉を聞いておられるお方(神様)がおられることを「意識」すると、

「言葉が変わる」ことを学びました。

 

先回お話をした友人の宣教師は、「私は世界で一番、神様から愛されている人間」と告白しています。

どうしてそんなことが言えるのでしょうか。

(金メダルのように、色々な一番があるとは思います。)

 

今回は、読んで下さっている方に、そのことを「説得しよう」(笑笑)と考えています。

しばらくお付き合い下さい。

 

あなたがこの地上に誕生する確率は、かなり低いものです。

数億個の精子が、卵子と結合して、受精卵になるのですが、

受精せずに終わることも多いのです。

受精しても子宮に着床できずに終わることもあります。

この段階で、あなたのDNAは、数十億の兄弟姉妹の中で、ただ1人選ばれて、この地上に誕生したことになります。

 

聖書を読むと、「土(肉体)」に「神の息」が吹き込まれて、霊が宿ることが書かれています。

あなたに霊(たましい)が与えられているということは、神様の介入があった証拠です。

ある瞬間に、神様の力によって、あなたの身体に「霊が吹き込まれた」のです。

そして「あなたという人格」が、地上に誕生したのです。

 

聖書に「母の胎内で神様があなたを組み立てた」と書かれています。

(受精卵が分割して、胎児になる過程は、神秘そのものです。)

そのようにあなたに関わられた、神様(創造主)は、

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4)

と言われるのです。

 

ここまでは知識です。

しかし、イエス様を救い主と信じ、創造主を父なる神と受け止めることができた人は、

神様と親子の親しい関係を持つ(体験する)ことができるのです。

 

それ故に、私の友人のように(私もそうですが、、、)

「私は一番愛されている」と告白することができるのです。

(私の場合は、最高に愛されている、という感覚です。)

 

少し私の話をさせて頂きます。

クリスチャンになっても、すべてが順風満帆という訳ではありません。

先日も書きましたが、この数年、結構厳しいところを通りました。

多分一番厳しい時に、たくさんの人が私を助けてくれました。

「神様が送って下さった」としか思えないタイミングで、

私のことを心配して電話やメールが来たことは、一度や二度ではありませんでした。

 

「人間の力では無理」と思える状況で、

切羽詰まって祈る中で、、、

神様が「私の祈りを聞いておられる」「私のために祈って下さる人を用いて、私を助けようとしておられる」ことを、何度も感じました。

(神様と急激に関係が深まるなら、「苦しみも感謝だな」と感じています。)

 

私のための特別な御言葉(神様からの言葉)も、与えられました。

(機会があれば、どこかで紹介します。)

 

これらの経験を通じて、

神様は「私に手を伸ばして」おられる。

私が「手を離さなければ」(あきらめて、もういいと手を振りほどかなければ、絶望の告白しなければ、、、)

必ず助けて頂ける。

聖書に書いてある通り、神様は私のことを「本気で愛して下さっている」

と思えるのです。(実感です。)

 

神様がいつも私を愛して下さっているから、「私は幸せ」です。

これをつかんでしまうと、

①認められるために、「過剰に努力」する必要がなくなります。

なぜなら、もう「認められています」から、

自分を支えるために「ガツガツと」必死になる必要がないのです。

むしろ「認められた者」として、堂々と余裕を持って人と関わることができるのです。

(人間関係が、相当楽になります。)

 

②自分と人に優しくなります。

愛された者、赦された者が「私」です。

神様からすでに「優しくしてもらって」います。

それが分かると、「自分に優しく」なります。その結果「人にも優しく」なるのです。

 

③自分を傷つける言葉を、心に入れなくなります。

神様が私を「大事だ、大切だ」と言って下さるなら、

その「私」を破壊することは「神様の意に反し」ます。

「私を壊そうとする言葉」も「傷つけようとする感情」も、避けなければなりません。

 

「自分が大事だ」と分かれば分かるほど、

「破滅的なもの、は決して入れてはいけない」ことが分かるのです。

そうすると「破滅的なもの」を上手に止めたり、よけたりすることができます。

(少し説明が必要ですが、それは別の機会にさせて頂きます。)

 

イザヤ43:4-5(一部抜粋)

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」

「恐れるな。わたしがあなたとともにいるからだ。わたしは東から、あなたの子孫を来させ、西から、あなたを集める。」

 

創造主の「あなたへの愛の言葉」を、

そのまま受け止めることができるならば、

あなたは「愛の人」「幸せな人」に、作り変えられます。

そうすれば、どんな時も、「幸せだ」と心の底から「告白」できるようになるのです。

 

「自分」と「関わる人」に、幸せを与える「告白の力」を、2回に渡って書かせて頂きました。

ご参考にして頂ければ、幸いです。

祝福をお祈りしています。

 

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「言葉」の力。「自分」と「関わる人」を幸せにする、告白の力

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本日は「告白の力」 について考えます。

以前何かの本で、相撲の力士は「疲れた」とは言わず「力がついた」と言う、と書いてあるのを読んだことがあります。(否定的な言葉ではなく、肯定的な言葉を使うという例です。)

 

「できる。できる。」と言っている人は、どこかで成し遂げることが多いですし、

「できない。できない。」と言っている人は、最初から諦めていますから、できる可能性は1ミリもないのです。

言葉には、不思議な力があります。

 

先日、私の友人の宣教師のお話を聞きました。

彼は、大学時代、クリスチャンになる前は、母国の学生運動のリーダーで、良くデモに参加していました。。

「〇〇政権は滅びよ!」「〇〇は死ね」とシュプレヒコールをあげ、政府の不平等と戦っていたそうです。

当時の彼は、目がつり上がったような表情をしており、お付き合いをしていた彼女(現在の奥様)の友人たちは、早く別れた方が良いと言っていたらしいのです。

すべてのことを批判し、不満を感じ、苛立っていました。

 

そんな彼が、クリスチャンになり、聖書の言葉に触れたのです。

旧約聖書、民数記の言葉です。

 

民数記14:26-30

26 主はモーセとアロンに告げて仰せられた。

27 「いつまでこの悪い会衆は、わたしにつぶやいているのか。わたしはイスラエル人が、わたしにつぶやいているつぶやきを、もう聞いている。

28 あなたは彼らに言え。これは主の御告げである。わたしは生きている。わたしは必ずあなたがたに、わたしの耳に告げたそのとおりをしよう。

29 この荒野であなたがたは死体となって倒れる。わたしにつぶやいた者で、二十歳以上の登録され数えられた者たちはみな倒れて死ぬ。

30 ただエフネの子カレブと、ヌンの子ヨシュアのほかは、あなたがたを住まわせるとわたしが誓った地に、だれも決して入ることはできない。

 

ここは、聖書の有名な箇所です。

「約束の地カナン」を目前にして、12人が偵察に行ったのですが、ヨシュアとカレブ以外の10人は、「できない。不可能だ。」と言いました。

ヨシュアとカレブだけが「可能だ。約束の地に入れる!」と訴えたのです。

実際にその地に入ることができたのは、二人だけでした。それ以外は全員、荒野で死に絶えたのです。

 

ここで注目するポイントは、神様の言葉です。

「わたしは生きている。わたしは必ずあなたがたに、わたしの耳に告げたそのとおりをしよう。」

 

今回このブログで指摘したいのは、

 人が「告白し続ける」ならば、「実現する」という、自己啓発ではありません。

 

「生きている神様」が「私たちの言葉を聞いて」おられるという「事実」です。

そして、その神様(創造主)が、「聞いた通りにする」と、言われている「事実」なのです。

 

友人の宣教師は、このことが本当に分かった後は、

「言葉に気をつける」ようになったそうです。

そして「前向きな言葉」を語るようになりました。

 

「私は神様から一番愛されています。」(その根拠については、次回のブログで触れる予定です。)

「私の家族も一番愛され、祝福されてています。」「私の教会も一番祝福されています」

「私は、北海道から沖縄まで、イエス様の素晴らしい言葉を伝えるようになります。」

 

現在の彼の表情は、とても穏やかです。友人も多く、皆を愛し、皆から愛されています。

そして先日も北海道に伝道旅行に行って来られました。

「彼の告白通り」になっています。

 

「生きておられる神様」が、私の言葉を聞いておられ、

「聞いた通りにする」と言われているとすれば、

「言葉」に気をつけなければなりません。

そして、私の人生の「言葉の責任」は、「私自身」にあるのです。

 

「良い種(告白)」を蒔けば、良い実を刈り取り、

「悪い種(告白)」を蒔けば、悪い実を刈り取るのです。

 

人生の主人公は、あなた自身であって、あなたの言葉によって、右にも左にも行けるのです。

そこには言い訳も、責任転嫁もないのです。

(厳かな事実です。)

 

「生きている神様」を信じる者は、襟を正した人生を歩むことができます。

そして「神様の言葉」を尊重する人(アーメンと同意する人)は、「幸せを味わう」ことができるのです。

 

 イザヤ48:17-18

17 あなたを贖う【主】、イスラエルの聖なる方はこう仰せられる。「わたしは、あなたの神、【主】である。わたしは、あなたに益になることを教え、あなたの歩むべき道にあなたを導く。
18 あなたが『わたしの命令』に耳を傾けさえすれば、あなたの『しあわせ』は川のように、あなたの正義は海の波のようになるであろうに。」

 

「言葉」を大切にしましょう。

「口から出す言葉」に気をつけましょう。

そして、その言葉を聞いておられる「神様を意識」するならば、

「良い言葉」を選ぶことができるのです。

 

祝福をお祈りしています。

 

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「闇に引きずり込まれ」そうです。どうしたら良いですか。

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「小さい時から、闇の影響を受けてきたような気がします。

何度も、闇に引きずられ、落ちてきました。良い方向に向かおうとすると、必ず闇は大きくなります。

そして、もの凄い力で落とされます。良くなった分、ひどく落ちるのでみじめになります。どうしたら良いのか分からなくなります。

聖書で、救いの道はありますか。」

 

「闇(悪魔)に対抗する力、方法」は聖書に書かれています。後でそれには触れます。

最初にはっきりと指摘します。

「闇に引きずられる」かどうかを決定するのは、「あなた自身」です。

闇がどれだけ強くても、「あなた自身」が、「行きたくない」と強く願えば、行く必要がないのです。

 

闇(悪魔)は、「うそを吹き込み」ます。

「お前は、ダメだ」

「お前は、救われない」

「どうせ、同じだ」

「お前は、滅びる」

しかし、それは、「悪魔自身の運命」を自分で語っているのです。(聖書の黙示録に、「火の池」として書かれています。悪魔はそこに投げ落とされます。)

あなたは、悪魔と同じところ、「地獄」に行きたいですか?

(行きたくないと思います)

 

行きたくなければ、闇の勢力、悪魔と決別しなければなりません。

決別は、可能です。

その方法です。

 

最初に最もシンプルな方法です。

ヤコブ4:7 ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。

 

「神様に従うこと」です。そして「悪魔に立ち向かうこと」です。

 

「悪魔に立ち向かうこと」はできるのでしょうか?という質問が聞こえてきそうです。

「可能です。」むしろ「立ち向かう気持ち」が大切です。

そのためにも「神様に従うこと」が重要です。

聖書を読むならば、神様の命令がいくつも書かれています。(今回は、深掘りしません。)

できることから、「やってみる」ことです。

やってみると、霧が晴れるように、神様の良い計画と、悪魔の汚い策略が見えてきます。

 

失敗しても大丈夫です。

聖書の中に書かれている創造主は、「イエス様の十字架」で、私たち人間に「罪のための、命の代価」を与えて下さったほどのお方です。

何度でも「助けを求め」れば、助けて下さるのです。

(このことは、信じて下さい。)

 

あなたは、「悔しくない」ですか?

 

今まで、「小さい時から闇の影響を受けてきた」と書かれていましたから、

あなたを陥れた、様々なことを思い出すでしょう。

それを思い出すと「悔しくない」ですか?

本当なら、もっと良い結果を得られたのに、もっとたくさんの楽しいことがあったはずなのに、

「それを捨てる」ようにあおられて、素直に「捨てて」しまった。

悪魔の策略に乗せられて、「悪い選択」をしてしまった。

 

確かに、「判断」は「あなた」がしました。

しかしもし「うそを吹き込まれて」の判断だったとしたら、

うそを吹き込んだ「悪魔の策略」に腹が立ちませんか?

 

エペソ6:10-11

10 終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。

11 悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。

 

「悪魔の策略」に気がつくことは、可能です。

(神様に近づく中で、見えてくるのです。)

 

ヤコブ4:8 神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。罪ある人たち。手を洗いきよめなさい。二心ある人たち。心を清くしなさい。

 

「悪魔の策略」に気がついたなら、人は簡単には「誘惑」に乗らないものです。

 

まず目の前で「何が起きているのか」を見極めましょう。

悪魔が働く時は、創造主の許可を受けて、働きます。(ヨブ記参照)

ですから必ず「試練に伴う、脱出の道」が、備えられているのです。(1コリント10:13)

 

もう一度書きます。

「光」と「闇」を、選ぶのは、「あなた自身」です。

悪魔にそそのかされる必要はありません。

「悪魔の策略」は、断固拒否しましょう。

 

自分と戦うのではなく、悪魔の策略を拒否し、対抗するのです。

 

エペソ6:12-13

12 私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。

13 ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。

(具体的な武具については、今回は触れません。)

 

最後に、このことを書いて終わります。

悪魔の攻撃を受けている人は、悪魔に目をつけられている人です。

悪魔が「こいつが、神様の元に行ったならば、大変なことになる」と思われている人です。

(ぜひ、このことを自覚して下さい。)

 

チャンネルを切り替えましょう。

闇ではなく、光に目を向けるのです。

そうすれば、光がもっとはっきりと見えてきます。

「神様に近ずく」のです。

 

ヨハネ1:4-5

4 この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。

5 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。

 

光は、闇に打ち勝っています。

(闇は、光よりも弱いのです。)

 

あなたが、心を「光に向ける」だけで、闇は去っていきます。

ぜひこのことを「実行」して、この素晴らしい開放感を味わって下さい。

 

聖書には、まだいくつも「悪魔、闇の勢力」を退ける方法が書かれています。

聖書の「真理の言葉」を知って、自由を得るために「活用する」ことができますように、、、

祝福をお祈りしています。

 

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