人生相談〜聖書、イエス様を信じる立場から

世界のベストセラー聖書の価値観から、生きるを考えます!(モノの見方が変わると、とても楽になります)

その3 安定している人が、人を助けることができる。

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人から批判されたり攻撃を受けた時、防御できる為には、「自分が安定」していることが重要です。

否定的な感情を持っている人の近くにいても、「自分が安定」していれば、落ち着いた対応ができます。

先回まで、「A、ドロ沼に落ちないために」というポイントで、

否定的な人から身を守る方法を、聖書から考えてきました。

 

今回から「B、(安定した精神的)陸地に留まり続ける」を考えていきます。

さらに安定して、人に関わっていく方策を検討します。

(攻撃は最大の防御です。積極的な良い関わりも、ネガティブな力の防御となるのです。)

 

B、陸地に留まり続ける

①絶対的な支えを持つ。

皆さんは、どんな時に「自分自身の支え」を感じますか?

 

物事が上手くいって認められた時、

昇進したり、社会的評価が与えられた時、

多くの人は、そんな時に支えを感じ、生きがいを持ちます。

 

「人生は、白い大きな紙に絵を描いて、

それを多くの人が拍手をしたら、成功である」と、多くの人は考えています。

しかし、すべての人が拍手をしてはくれませんし、

年を取り引退をし、死の間際に、それが「あなたを支える」保証はありません。

 

晩年になり、すべての役職から退いた後、

家族の者たちに「威張り散らし」てひんしゅくを買う人も実際にはおられます。

 

地位や名誉やお金は、「一時的支え」になります。

友人家族も支えになるでしょう。

しかし「死後の支え」にはならないのです。

(私は死後の世界、天国と地獄があると聖書から理解しています)

 

ソロモン王はこう言いました。

「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また「何の喜びもない。と言う年月が近づく前に。」伝道者12:1

「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。

神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。」伝道者12:13-14

 

絶対的な支えは、創造主、一択です。

私の命を作り、私を計画によって、今の時代に地上に誕生させた、

創造主、です。

 

このことに気がつき、創造主を信じ、その方との交わりの一部を体験すると、

人は変わり、ます。

 

「絶対的な支え」を体験するからです。

絶対的な支えを体験し、安定している人が、「他の人を助ける」ことができるのです。

 

もし、「陸地」に立っているならば、

水の中で溺れている人を見つけたても、その人を「助けること」ができます。

(ロープを投げるか、別の誰かの助けを呼ぶこともできます)

しかし、あなたが、「水の中で、一緒に溺れて」しまえば、助けられないのです。

 

いわゆる「ピアレンツ・ファースト」です。

旅客機が飛行中、緊急事態に会えば、酸素マスクが落ちてきます。

この時、子供を抱えるおご両親は、まず自分が酸素マスクをつけるのです。

間違っても子供を先に先にしてはいけません。

子供を助けようと、両親が気絶をしたら、子供は確実に死にます。

まず「自分が呼吸を確保」するのです。

 

もう一度言いますが、

あなたが、子供を助け、または周りの人を助けたいならば、

一番大切なことは、「あなたが安定」していることです。

 

「あなたが安定」していれば、

確実に周りの人を助けることができるのです。

そのための最大の支えは、創造主を信じ、体験することです。

 

次回、「絶対的な支え」について、

もう少し深めていきたいと思います。

祝福をお祈りしています。

 

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その2 他人の「否定的な感情」に影響を受けないために。

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目の前の人が、悪感情であなたに八つ当たりしてきた場合の対処法です。

【Aドロ沼に入らない。B陸に留まり続ける】

Aドロ沼に入らない。

先回は、①「感謝する」ことは悪感情を断ち切ることができること、を学びました。

 

今回は、②相手の「祝福を祈る」ことで自分の身を守ることができる、を学びます。

感情や霊的な影響は、「上から下」に流れます。

相手の祝福を祈ると、相手の悪感情を受けにくくなるのです。

 

悪感情をあなたが受けてしまう「唯一の理由」は、

あなたが、その人より「精神的に下にいるから」です。

 

考えてみてください。

なぜその人の感情を受け入れるのですか?

あなたが、堂々としていれば、否定的な感情を心に入れる必要がないはずです。

 

あなたは、その人の悪感情を受け止めてしまうのは、あなたが安定していないからです。

もしバケツを持っている人の「下の階」にあなたがいたなら、その水はあなたの上に落ちてきます。

人を悪感情で批判すると、精神的に落ちていきます。

あなたが、相手の下に落ちると、

まともに相手の悪感情を被ってしまうのです。

 

「裁くこと(否定的に批判すること)」は自分を不安定にさせるのです。

聖書の言葉です。

マタイ7:1-2「さばいてはいけません。さばかれないためです。

あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。」

 

「人を裁く」と同じ物差しで、自分も裁かれます。

そして、その否定的なやり取りの中で、精神的、霊的に「落ちていく」のです。

(批判をすると心が暗くなるのは、「落ちている証拠」です。)

 

ではどうしたら良いのでしょうか。

「批判の逆」をすれば良いのです。

それが「祝福を祈る」ことです。

 

これは、法則ですから、行えば確実に精神的、霊的に上がります。

「青信号は進めで、赤信号は止まれ」と同じです。

感情が乗ろうが乗らまいが、関係がないのです。

「感情が乗らなく」ても赤で止まらなければ、「確実に事故」に遭います。

青で進めば、「向こう側に渡れる」のです。

 

ですから、「感情」ではなく、「知性と意志」なのです。

(練習が必要です。最初から上手く出来る人はいないと思います)

 

聖書の言葉です。

マタイ10:12 -13

「その家に入るときには、平安を祈るあいさつをしなさい。

その家がそれにふさわしい家なら、その平安はきっとその家に来るし、もし、ふさわしい家でないなら、その平安はあなたがたのところに返って来ます。」

 

平安(祝福)を祈れば、もし相手がふさわしくない人であれば、祝福は、あなたに返ってきます。

つまり、相手がどういう人かは関係ないのです。

あなたが「神様の言葉を信用」し、「実行」するかしないか、だけなのです。

 

繰り返しになりますが、お相手の祝福を祈れば、あなたの精神的霊的な状態は上がります。

プラスのエネルギーで満ちてきます。

すると、相手の否定的な「ドロ水」を受けることはありません。

あなたがその方よりも、精神的に高い位置にいるので、逆流しないのです。

 

その方の怒りや苛立ちが大きくて、逆流して、上がってきそうな場合は、

さらに「祝福を祈る」のです。

そうすれば、あなたのプラスエネルギーはさらに強くなり、お相手の「ドロ水」をはそれ以上はあがってこなくなるのです。

 

ピリピ4:9

「あなたがたが、わたしから学んだこと、受けたこと、聞いたこと、見たことは、これを実行しなさい。そうすれば、平和の神が、あなたがたと共にいますであろう。」

 

今回までのまとめ、です。

【A、ドロ沼に入らない。B、陸に留まり続ける】ために。

Aドロ沼に入らない。

①「感謝する」こと

②「祝福を祈る」こと

 

次回はB、陸に留まり続ける。

どんなに振り回されても「安定し続けることができる力」。

「自分を安定させる最も力となるもの」を考えていきます。

 

祝福をお祈りしています。

 

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他人の「否定的な感情」に影響を受けない方法、その1

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生活していれば、どこかで必ず「不機嫌な人」に出会います。

職場だけでなく、身近な関係の中でも、必ず出会います。

また、「いつも機嫌が悪い人」もいます。そういう人の身近にいると悪い影響を受けます。

否定的な言葉をかけられることもありますし、言葉をかけられなくても、

「存在する」だけで、悪い影響を与える人もいるのです。

その人から「逃げられる」ならばまだ良いのですが、

物理的に「逃げられない」環境も多いのです。そうなると大変です。

 

今回は、そのような状況の人に役立つ情報です。

ぜひ参考にしてみてください。

 

《Aドロ沼に入らないこと。B陸に留まること》

今回のテーマを、まとめると、こんなイメージです。

4回に分けて書いてみます。

 

Aドロ沼に入らないこと。

あなたが心穏やかに過ごしていても、

不機嫌な人は、あなたを不機嫌のドロ沼に落とそうとしてきます。

悪魔的な人ほど、あなたを引きずり落とそうとします。

 

2つのことをお話しします。

他人の「否定的な感情」に影響を受けないために、

①感謝すること

②その人の祝福を祈ること

 

①感謝すること

感謝は、「感謝できるから」するものではありません。

感謝は、「現状を受け入れる」ためのものです

そして、感謝すると「悪いものを断ち切る」ことができます。

 

大事なことは、感謝は「意志によって」するのです。

 

一度やってみたら、その効果が分かります。

文句を言っている人がいます。

そういう人が目の前に居たならば、

心の中で「感謝します」と何度も言ってみるのです。

 

すると、不思議なことが起こります。

否定的な言葉が、感謝の言葉によって、心に響かなくなるのです。

精神的な距離を保つことが起こります。

相手の言動が、理解できないものとして「笑いが込み上げて」くるのです。

いわゆる「笑うしかない」という状況になるのです。

こういう精神状態になっていれば安心です。

悪い力の影響は受けなくて済むのです。

 

この時既にあなたは、ドロ沼に入っていません。一定の距離を保っています。

その状態を保ち続けるのです。

 

これが感謝することの効果です。

1テサロニケ5:16-18

「いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・ イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。」

 

次回は、②「相手の祝福を祈ること」も、

ドロ沼に入らない秘訣であることを学びます。

 

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「人間を超えた存在」を信仰するということ。ロシア、ウクライナ侵攻。中国、核心利益に対抗できる思想

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今回は、世界情勢に関わる内容です。

「民主主義の根本は、神信仰である」ことを考えます。

 

ロシアがウクライナに侵攻してから、一ヶ月が過ぎました。

ウクライナでは、自国を守る為に武器を取って戦うという人たちが、現在男性で7割、女性で3割いるそうです。降伏し虐殺された経験を持つ彼らは、命がけで戦っているのです。

 

そして、世界では「次は中国の台湾侵攻」と危険視されています。

なぜなら中国では「核心利益」という、国の方針があるからです。

領土の保全として、2013年4月、習近平氏は、チベット・新疆ウイグル自治区、台湾・東シナ海、だけでなく沖縄県石垣市の尖閣諸島も、中国の核心利益と、中国外務省報道官に言わせています。

核心利益とは、どんな代償を払ってでも守らなければならない決心、を表す中国の外交用語です。

 

ですから、台湾侵攻、併せて尖閣侵攻は、「あるかないか」ではなく、

「いつあるか」なのです。(ウクライナ侵攻によって、日本の国防意識も高まっているのが現状です)

 

第二次大戦後、そして中ソ冷戦後も、アメリカは中国を支援してきました。

そして彼らは考えていました。

「中国に支援をすれば、彼らも共産主義を捨てて、民主主義に変わるだろう」

しかし実際には、中国は力がつくまで「自分たちの野望」を隠していただけでした。

 

中国では、朱子学が思想の根本にあります。

彼らは、「宗教はまやかしであり、宗教を信じるのは愚かである。一部のエリートが、愚民を支配するのが理想である」と昔から考えていたのです。

ですから科挙という制度がありました。

神を否定する共産主義思想が入る前から、彼らはエリートの支配制度を持っていました。

その構造が、そのまま一部の共産党員が民を支配する、共産党体制に移行しただけです。

 

中華思想と共産主義の「中国」は、

民主主義の「アメリカ」を、

心の中では「下」に見ているのです。

 

彼らの中心は、民ではありません。

国家なのです。

国家を守る為には、民は犠牲になっても構わない、というのが彼らの根本的な考えです。

(彼らは支配体制が変わる度に、前の一族を虐殺してきました。ですから、虐殺は日常なのです)

 

ウイグル自治区の「ジェノサイド(民族大虐殺)」も正当化します。

それは共産主義体制を守るための、核心利益だからです。

 

彼らは、私たち民主主義の立場では無いのです。

人権も平等もありません。

あるのは、「自分たち一族の利益追及」であり、

「それを保証する共産主義体制の維持」なのです。

自由平等、公共の利益という概念がないのです。(本当です)

 

この壁を破るには、唯一「神の前の平等」しかありません。

それも「生きた信仰」が必要です。

 

実はアメリカにも、「信仰」ではなく、「自分たちの打算」で動く、

エスタブリッシュと呼ばれる、支配者階級が現実にあります。

彼らもまた、「一部のエリートが民衆を管理支配するのが理想」と考えています。

共産主義思想と、とても似ています。

彼らは、世論操作をしても、

不正選挙をしたとしても、

「自分たちの体制を守ることが善である」と(本気で)考えています。

 

本来、「神信仰」が土台であり、その上で法の下で平等が、基本理念の筈なのに、

現実には、そうなっていないのです。

自分たちの利益と野望が一番になっているのです。

 

純粋な「神信仰」がないならば、民主主義を打算で利用します。

しかしそれは、「本来の思想」では無いのです。

神を打算で利用する「邪な心」ではなく、「純粋な心」が必要なのです。

 

本題に戻します。

本来、「平等や人権」には、健全な「神信仰」が必要です。

健全に、神(創造主)を信じるので、「神の下での平等」が成立するのです。

 

ウイグル自治区のジェノサイドの虐殺を否定するにも、

領土を武力で変えようとする、ウクライナ侵攻を否定するにも、

根本的な考えに「神信仰」が必要なのです。

 

最後に「まとめ」です。

中国の虐殺、武力侵攻を止めるには、

「軍事バランス」や「軍事同盟」という具体的方策、

攻めたくても攻められない環境を作ることが緊急の課題です。

(ウクライナがなぜ攻められたかを考えれば、自然に対策は見えてきます。核のアンバランス、NATO非加盟が致命傷でした。)

平和」と叫んでいても、狂信的な指導者の前では無力です。

 

しかしもっと根本的には、国民の考え方が必要です。哲学や思想です。

「神信仰」が必要です。

 

日本にはキリスト教徒は少ないですが、

「お天道様が見ている」という、感覚を多くの日本人は持っています。

これはキリスト教の「神信仰」に通じるものです。

(また天皇制の影響によって、大きな家族という感覚を持っています。これも諸外国にはない考え方です。)

 

神信仰があるので、「自由平等」が成立します。

「虐殺も略奪もしてはいけない」法律の根拠となります。

 

それは、日本人的に言えば

「お天道様が見ている。だから悪いことをしてはいけない」

という感覚です。(日本人に暴動略奪がない、大きな理由です)

 

ウクライナ侵攻と虐殺を「悪い」と言えるのも、

中国の台湾武力侵攻を「絶対にダメ」と言えるのも、

ウイグル自治区ジェノサイドを、「犯罪」と断罪できるのも、

 

根本には、「神信仰」が無いと成立しません。

薄っぺらいヒューマニズム(人道主義)では、

人間同士の弱肉強食を止められないのです。

 

ここまで読まれて、いかが思われましたか?

神様やイエス様を信じる純粋な信仰が、個人のものだけ、ではなく、

国や民族の「尊厳と自由の根本」になることをまとめさせて頂きました。

平和を、イエス様に祈っています。

 

マタイ5章7-10 (イエス様のお言葉)

7 あわれみ深い者は幸いです。その人たちはあわれみを受けるから。

8 心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るから。

9 平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。

10 義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。

 

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「認められるために」行動し、挫折するイライラの克服

今回、「認められるため」に努力するのではなく、

「認められているから」行動するというテーマを考えていきます。

 

人は、社会的欲求があり、評価されたり認められたりすることで満たされる心があります。

「いいね」が嬉しいのも、「つながりを求め、その反応を求める」のも、人間の本性です。

人は一人では生きていけないのです。

しかし、人の世では、「認められない」ことが必ず起こります。

ボタンを掛け違えてしまったり、誤解から来ることもありますが、

自分の力不足からくることも、多々あるのです。

 

どれだけ努力しても、認められないことが起きます。

そんな時、更に努力する人もいますが、

しかし「諦め」たり「自閉的」になる人もいるのです。

ある人たちは、人との繋がりを切って、行動します。

人につまずき、傷つきたくないからです。

しかしそれは危険です。

 

社会に貢献し、人からの評価に繋がれば、「社会的欲求の満足」が満たされます。

しかし、目標の立て方が「自己本位」ですと、努力は承認欲求につながりません。

そうするとますます認められない、こととなります。

 

では、どうしたら良いのでしょうか?

 

第一に考えるべきことは、自分の目標をもう一度吟味することです。

せっかくですから、人から評価される目標を考えましょう。

皆の益となることを考えるのです。

 

しかしここにも落とし穴があるのです。

「良い目標を立てた」としても、

承認欲求が強すぎると、認められない場合、更にイライラします。

「自分で決めたイメージ」に合わないと、人を批判し、又は自分で自分をダメだと決めつけてしまい、ひどく落ち込んでしまうのです。

 

ではどうしたら良いのでしょうか。

不思議な表現だと思われるかもしれないですが、

「認められるため」に行動するのを止めて、

「 認められているから」行動するに、シフトを変えるのです。

 

「認められるため」に行動すると、

「認められない」とイライラします。

 

しかし「認められているから」行動している人は、

「認められたなく」ても、良かれと思うことを修正しながら進めていきます。

そうすると結局、「認められるように」なるのです。

 

持っている者は、更に与えられる法則です。

「だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持 っているものまでも取り上げられる。」(マタイ25:29)

 

今回は、「自分は既に認められている」と、「気づく」ことが大切であることを、

まとめようと考えています。

 

①すでに、あなたは認められている、のです。

あなたは、生きているということは、存在が認められている、ということを知っていますか。

命が誕生するのは、奇跡です。

生きているということも、実は奇跡の連続なのです。

心臓が止まらずに動き続けていることも奇跡ですし、

怪我をしたら血が止まり、皮膚が再生することも奇跡です。

そのメカニズムは、人間の知性を越えています。

 

私は何を伝えようとしているかと言えば、

あなたを選び、あなたを作られた創造主がおられ、

創造主が、あなたをいつも愛しておられるという「事実」を伝えようとしているのです。

創造主が、あなたの全存在を知り、認めてくださっていることを伝えようとしているのです。

 

あなたはこういうかもしれません。

「私はそんな価値はない。あなたは私を知らないのだから」

確かに知りません。

しかしあなたに命を与えたお方は、あなたをどんな風に思っておられるのかを考えたことはありますか?

 

あなたがたくさんの問題があったとしても、むしろ問題があるからこそ、

あなたのことを心配されると思いませんか

 

雨でずぶ濡れの仔猫を見たら、多くの人はかわいそうと感じると思います。

憐れみ深い、天の神様はあなたを見て、あなたの心を見て、心を動かされると思いませんか。

もしかすると、創造主は、「あなたのすぐ近く」まで来ておられる可能性があるのです。

 

②認められていることを、知識だけではなく、実感、体験すること。

 

「既に認められている」を悟るには、

創造主から、愛され認められていることを、「まず知ること」から始まります。

「十分に存在が認められている」ことを知るならば、

あなたは、自分が「一人でない」ことを、理解できます。

 

イザヤ43:4-5

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だからわたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。

恐れるな。わたしがあなたとともにいるからだ。」

 

詩篇27:10

「私の父、私の母が、私を見捨てるときは、主が私を取り上げてくださる。」

 

しかし、知性だけでは、実は足りないのです。

「本当にそうだ」と、実感する体験がなければ、力になりません。

 

人間には感情があります。

知性だけでは、否定的な感情に、簡単に負けてしまいます。

否定的な感情に負けない、実感を伴った肯定的な体験が必要です。

 

この体験をするなら、

あなたの人生は「劇的に変わり」ます。

 

あなたが「忙しさで自分を誤魔化さなく」ても良くなります。

人から誤解された時に、自分には価値がない、と思わなくても良くなるのです

失敗した時に、自分はダメなやつだ、と思わなくても良くなるのです。

 

よく考えてみれば、人は必ず失敗します。

思い通りにならないことはあります。

その都度、自分はダメだ、と思っていたら辛くなります。

 

しかし、創造主を信じると、

支えられていることが分かると、

心が変わります。

失敗しても、否定的にならなくなるのです。

 

後はどのように、神様の愛を知り、その御臨在を実感するかにかかっています。

愛されていることは、知識ではありません。

実感であり体験です。

 

③聖書は、聖霊が働かれると、実感できると書き記しています。

聖書は、神の霊(聖霊)が働けれる時に、その体験をすることができると教えています。

 

ヨハネ14:26-27

しかし、助け主、すなわち父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。

わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。

 

では、どのようにしたら、神の霊を体験できるのか。

これを言語化するのは、なかなか難しいのです。

一言で言えば、「信仰によって受け取る」と表現できるのですが、

信仰にも、いくつかのプロセスがあります。

後日機会をみてまとめたいと考えています。

ここでは、「聖霊が働かれる」と実感できる、

というところまでで、留めておきたいと思います。

 

認められたいと願って、挫折した時、

まず目標設定を吟味してみる、ことは大切です。

 

しかし結局は、「認められている」ことを体験した人が、

安定して良い行動が取れ、「人からも認められる」のです。

創造主から、イエス様から認められていることを、悟るのは、

「一生の財産」となります。

 

祝福をお祈りしています。

 

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「落ち込んだ時」の聖書の対処法。祈るという視点

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本日は、落ち込んだ時の対処法を聖書から考えてみます。

聖書にはこんな言葉があります。

「順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。これもあれも神のなさること。それは後の事を人にわからせないためである」(伝道者の書7:14)

 

良い日もあれば、悪い日もあります。

喜べる日もあれば、悲しみで胸が苦しくなる日もあるのです。

 

①「反省せよ」とは「落ち込むことでは無い」のです。

失敗したり、上手くいかなかった時に、「反省する」とは、

もう一度自分のやったことや、周りの環境を再検討するということです。

理性的な作業です。

もちろん、再検討すると、精神的には「落ち込み」ますが、

落ち込むだけで終わってはいけないのです。

次に同じ問題に遭遇した時に、上手に乗り越えるための準備をするのです。

 

②自分を越えた存在(創造主)を意識できるチャンス。

「これもあれも神のなさること。後のことを人に分からせないため」

を考えてみます。

人間は皆、自己中心です。「自分を基準」に全てを考えます。

問題が起こらない時は、「自分が神」のように振る舞います。

つまり、自分の考えが絶対と考え、他者を従わせようとする、のです。

 

しかし、失敗すると、自分の考えが、絶対でないことを認めます。

すると、自分は神ではなく、この世界にのルールに従って生きているだけである、ことを認めざるを得なくなるのです。

(信仰を持つ人は、神様が支配している世界であることを、認めるようになります)

 

実は「自己中心という、覆い」が取れると、周りが良く見えるようになります。

自分の思い込みが取られ、物事をそのまま見ることができるようになるのです。

これは、成長にとって大きなチャンスです。

だから神様は、

「逆境の日には、反省するように」と命じられているのです。

 

③逆境時に、祈るという選択

逆境時に反省するためには、「自己中心」ではいけません。できないのです。

自分が基準ならば、全ては「相手が悪い」です。

よく考えてみて下さい。理性では分析できても、心の奥ではそう考えていますから。

 

反省するためには、「自分を越えた基準」が必要です。

その「自分を越えた物差し」で、自分を推し量る時に、問題点が明らかになり、反省できるのです。

 

だから逆境時には、落ち込み続けることは、マイナスです。

落ち込みとは、自分が基準ですから。

自分がこうあるべき、こうあってほしいという基準が満たされないために、気持ちがガッカリすることですから。

 

「自分を越えた基準」を、推し量るには、

「自分を越えた存在」に、心を向け、交流することが大事です。

これが、「祈り」です。

聖書の言葉です。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・ イエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。 」(1テサロニケ5:16-18)

 

神様は、人間に、「いつも祈るように」と命じておられます。

それは、祈っていれば、神様とオンラインで繋がり、助けをいつも受けられるからです。

 

そして、祈りは、困難時に深まります。

自己中心の人間が、殻を破って、自分の価値観を大きくするためには、

困難の時に必死に祈ることが、必要なのです。

 

④祈りは、独り言ではない、相手がいる作業である。

あなたの祈りは、同じことをグルグルと繰り返していませんか。

もしそうならば、祈りになっていない可能性があります。

 

同じところを繰り返しているということは、自分の思考を「越えられない」ということです。

それでは、神様と会話をしていないのです。

 

まず祈りの対象を定めましょう。

イエス様(神様)に祈ることに、集中しましょう。

そのために、

イエス様がどんな考えを持っておられるかを、模索しましょう。

それには聖書を読むことです。

聖書の言葉に親しみ、イエス様の思想に触れることです。

そうすれば、自分は「どのような方」に、祈っているか(お話しているか)が分かってきます。

 

「その方」は、全能者であり、あなたを造られたお方です。

愛の方、義の方、聖なる方です。

王の王の権威を持っており、あなたが「主を軽んじる」ことは、

「不敬」であり、死刑のレベルの過ちなのです。(もちろん、愛の方ですから、殺されることはありませんが、、、)しかし、創造主とは、本来そういう「存在」です。

 

落ち込んだ時は、悶々と悩みに浸り続けてはいけません。

「主に祈る」のです。

 

自己憐憫という誘惑と習慣を脱ぎ捨て、

創造主に意識を向け、祈るのです。

 

祈れば、祈るほど、あなたは元気になっていきます。

祈れているか、祈れていないかは、(主と会話しているか、自己憐憫かは)、

祈った後で、あなたが元気になったか、暗闇の状態かで判断できます。

 

問題の時に、主に祈りましょう。

憂い悩みの時に、「イエス様」に悩みを全て聞いて貰うのです。

 

逆境は、あなたとイエス様の関係が、グッと深まるチャンスです。

祝福をお祈りしています。

 

「順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。これもあれも神のなさること。それは後の事を人にわからせないためである」(伝道者の書7:14)

 

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「イエス様」には、解決がある!!

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今回は、カナン人の女性の信仰を通じて、「イエス様の解決の力」を体験する方法について、考えてみます。

①イエス様には、「解決の力」がある。

②私たちは、「不信仰」なので、それを受け取っていない。

③「求めること」が大切。

④イエス様は、「現実を直視」させる。その上で求める心が大切。

 

しばらくお付き合いください。

今回は聖書箇所を記します。

 

マタイ12:22〜28
22 すると、その地方のカナン人の女が出て来て、叫び声をあげて言った。「主よ。ダビデの子よ。私をあわれんでください。娘が、ひどく悪霊にとりつかれているのです。」

23 しかし、イエスは彼女に一言もお答えにならなかった。そこで、弟子たちはみもとに来て、「あの女を帰してやってください。叫びながらあとについて来るのです」と言ってイエスに願った。

24 しかし、イエスは答えて、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外のところには遣わされていません」と言った。

25 しかし、その女は来て、イエスの前にひれ伏して、「主よ。私をお助けください」と言った。

26 すると、イエスは答えて、「子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのはよくないことです。」

27 しかし、女は言った。「主よ。そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」

28 そのとき、イエスは彼女に答えて言われた。「ああ、あなたの信仰はりっぱです。その願いどおりになるように。」すると、彼女の娘はその時から直った。

 

ちなみに、ここでイエス様は「つれない対応」をされていますが、

冷たいからではありません。「意図を持って」のことなのです。

 

①イエス様には、解決の力がある。

キリスト教の立場では、(私も信じていることですが)

イエス様は、「創造主である天の父」の「ひとり子」であり、神様です。

ちなみに、三位一体と言います。

(「父・子・聖霊」の三つでありつつ、一人の神であるという神秘)

 

ですから、イエス様は、神の霊に満たされ、悪霊を追い出す力を持っておられます。(マタイ12:28)

そのため、「イエス様が一緒」ならば、

悪霊追い出しや、病の癒しは、日常的に自然に起こることなのです。

 

②私たちは、「不信仰」なので、それを受け取っていない。

この時代は、イエス様が地上におられた時なので、

今のクリスチャン(イエス様がいつも共におられる)とは、多少違いますが、

基本は同じです。

つまり、イエス様がおられても「奇跡の力」を、まだ受け取っていない、のです。

 

③求める心が大切。

イエス様は、不足を通じて、求めさせます。

ここでは、お母さんである女性の娘が、悪霊に支配されていることでした。

女性は、解決の為に、イエス様に求めました。

 

④イエス様は、現実を直視させる。

ここが一番の今回のポイントです。

イエス様は、現実の問題を突きつけます。

「わたしは、イスラエルの選民のために来たのであって、それ以外の民族のために来たのではない」とバッサリと言われたのです。

 

ここでまず知らないといけないことは、

イエス様は、この女性の「信仰が強い」ことを知っておられました。

そして、その信仰を「引き上げる」ために、敢えて厳しいことを言われたのです。

 

この女性がユダヤ人でないことは事実です。

そしてこの時代は、ユダヤ人に神様の救いの計画が進んでいたことも、事実です。

(後に、すべての民族の救いの時代がやってきます。十字架と復活以降です。)

 

その事実が突きつけられた時、

「それでも助けを求めた」のが、この女性の凄さ、なのです。

彼女は、イエス様を強く信じ、その「求める心の強さ」の故に、

「プライドや自尊心」は、簡単に捨てることができました。

イエス様の助けを求め、「へりくだって」懇願したのです。

「主よ。そのとおりです。ただ、小犬でも主人の食卓から落ちるパンくずはいただきます。」と、彼女は言いました。

 

イエス様は、彼女の信仰を褒められました。

(実は、聖書でイエス様が信仰を褒められたのは、ここを含めたった二ヶ所だけです)

そして、娘を癒してくださったのです。

 

まとめます。

(カナンの女性の信仰より)

イエス様は、「癒しの力」(解決の力)を、持っておられます。

その癒しの力を「体験」するには、「求める信仰」「受け取る信仰」が必要です。

 

イエス様が、私たちに「現実を直視」させた時に、

それでも、「イエス様の助けを求める信仰」が問われるのです。

 

イエス様は、聞きたくない「罪を指摘」されることがあります。

あなたの、「ダメさ加減」を、はっきりと、「白昼にさらされる時」があるのです。

その時、どうするかで、神の奇跡を体験できるかどうかが、決定します。

 

それでも信じて、食い下がれば、癒されます。

しかし、誤魔化したり、離れていくならば、

イエス様が持っておられる「奇跡の力」は、流れてきません。

 

④が大切です。

その上で、「現実を直視して」祈り求める信仰が、「最重要ポイント」なのです。

イエス様の助けを、「本気で求めて」おられる方は、

きっと「実行される」と思います。

祝福をお祈りしています。

 

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